2018年08月19日

181.平成最後の長崎平和宣言(全文)

2018年8月9日。田上富久長崎市長は、いまだ核兵器禁止条約に署名しない日本政府に訴えた。「日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます」。以下はこの日に田上市長が読み上げた、平成最後の長崎平和宣言である。

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73年前の今日、8月9日午前11時2分。真夏の空にさく裂した一発の原子爆弾により、長崎の街は無残な姿に変わり果てました。人も動物も草も木も、生きとし生けるものすべてが焼き尽くされ、廃墟(はいきょ)と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮き沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と体に深い傷を負い、今も放射線の後障害に苦しみ続けています。

原爆は、人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る残酷な兵器なのです。

1946年、創設されたばかりの国際連合は、核兵器など大量破壊兵器の廃絶を国連総会決議第1号としました。同じ年に公布された日本国憲法は、平和主義を揺るぎない柱の一つに据えました。広島・長崎が体験した原爆の惨禍とそれをもたらした戦争を、二度と繰り返さないという強い決意を示し、その実現を未来に託したのです。

昨年、この決意を実現しようと訴え続けた国々と被爆者をはじめとする多くの人々の努力が実り、国連で核兵器禁止条約が採択されました。そして、条約の採択に大きな貢献をした核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞しました。この二つの出来事は、地球上の多くの人々が、核兵器のない世界の実現を求め続けている証です。

しかし、第二次世界大戦終結から73年がたった今も、世界には14450発の核弾頭が存在しています。しかも、核兵器は必要だと平然と主張し、核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに、被爆地は強い懸念を持っています。

核兵器を持つ国々と核の傘に依存している国々のリーダーに訴えます。国連総会決議第1号で核兵器の廃絶を目標とした決意を忘れないでください。そして50年前に核不拡散条約(NPT)で交わした「核軍縮に誠実に取り組む」という世界との約束を果たしてください。人類がもう一度被爆者を生む過ちを犯してしまう前に、核兵器に頼らない安全保障政策に転換することを強く求めます。

そして世界の皆さん、核兵器禁止条約が一日も早く発効するよう、自分の国の政府と国会に条約の署名と批准を求めてください。

日本政府は、核兵器禁止条約に署名しない立場をとっています。それに対して今、300を超える地方議会が条約の署名と批准を求める声を上げています。日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます。

今、朝鮮半島では非核化と平和に向けた新しい動きが生まれつつあります。南北首脳による「板門店宣言」や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向けた努力を求めます。

長崎の核兵器廃絶運動を長年牽引(けんいん)してきた二人の被爆者が、昨年、相次いで亡くなりました。その一人の土山秀夫さんは、核兵器に頼ろうとする国々のリーダーに対し、こう述べています。「あなた方が核兵器を所有し、またこれから保有しようとすることは、何の自慢にもならない。それどころか恥ずべき人道に対する犯罪の加担者となりかねないことを知るべきである」。もう一人の被爆者、谷口稜曄(すみてる)さんはこう述べました。「核兵器と人類は共存できないのです。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも核兵器を残してはなりません」。

二人は、戦争や被爆の体験がない人たちが道を間違えてしまうことを強く心配していました。二人がいなくなった今、改めて「戦争をしない」という日本国憲法に込められた思いを次世代に引き継がなければならないと思います。

平和な世界の実現に向けて、私たち一人ひとりに出来ることはたくさんあります。

被爆地を訪れ、核兵器の怖さと歴史を知ることはその一つです。自分のまちの戦争体験を聴くことも大切なことです。体験は共有できなくても、平和への思いは共有できます。

長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は、高校生たちの発案で始まりました。若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っています。

折り鶴を折って被爆地に送り続けている人もいます。文化や風習の異なる国の人たちと交流することで、相互理解を深めることも平和につながります。自分の好きな音楽やスポーツを通して平和への思いを表現することもできます。市民社会こそ平和を生む基盤です。「戦争の文化」ではなく「平和の文化」を、市民社会の力で世界中に広げていきましょう。

東日本大震災の原発事故から7年が経過した今も、放射線の影響は福島の皆さんを苦しめ続けています。長崎は、復興に向け努力されている福島の皆さんを引き続き応援していきます。

被爆者の平均年齢は82歳を超えました。日本政府には、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、今も被爆者と認定されていない「被爆体験者」の一日も早い救済を求めます。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界と恒久平和の実現のため、世界の皆さんとともに力を尽くし続けることをここに宣言します。
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posted by Lily at 15:33 | 政治と憲法
2018年08月12日

180.平成最後の広島平和宣言(全文)

沖縄の翁長知事が8月8日に急逝した。翁長氏による 6月23日の平和宣言は、平成最後の沖縄平和宣言であると同時に、氏の魂をふりしぼった最期のメッセージでもあった。氏の平和宣言をこのブログ(資料編)に収めたところであるが(174.ご参照)、あわせて平成最後の広島平和宣言、そして長崎平和宣言を収録しておくべきだと考える次第である。まず、こちら広島平和宣言である。

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73年前、きょうと同じ月曜日の朝。広島には真夏の太陽が照りつけ、いつも通りの一日が始まろうとしていました。皆さん、あなたや大切な家族がそこにいたらと想像しながら聞いてください。8時15分、目もくらむ一瞬の閃光(せんこう)。セ氏100万度を超える火の玉からの強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風。立ち昇ったきのこ雲の下で何の罪もない多くの命が奪われ、街は破壊し尽くされました。「熱いよう!痛いよう!」つぶれた家の下から母親に助けを求め叫ぶ子どもの声。「水を、水を下さい!」息絶え絶えのうめき声、うなり声。人が焦げる臭気の中、赤い肉をむき出しにして亡霊のごとくさまよう人々。随所で降った黒い雨。脳裏に焼きついた地獄絵図と放射線障害は、生き延びた被爆者の心身をむしばみ続け、今なお苦悩の根源となっています。

世界にいまだ1万4000発を超える核兵器がある中、意図的であれ偶発的であれ、核兵器がさく裂したあの日の広島の姿を再現させ、人々を苦難に陥れる可能性が高まっています。

被爆者の訴えは、核兵器の恐ろしさを熟知し、それを手にしたいという誘惑を断ち切るための警鐘です。年々被爆者の数が減少する中、その声に耳を傾けることが一層重要になっています。20歳だった被爆者は「核兵器が使われたなら、生あるもの全て死滅し、美しい地球は廃虚と化すでしょう。世界の指導者は被爆地に集い、その惨状に触れ、核兵器廃絶に向かう道筋だけでもつけてもらいたい。核廃絶ができるような万物の霊長たる人間であってほしい」と訴え、命を大切にし、地球の破局を避けるため、為政者に対し「理性」と洞察力を持って核兵器廃絶に向かうよう求めています。

昨年、核兵器禁止条約の成立に貢献したICANがノーベル平和賞を受賞し、被爆者の思いが世界に広まりつつあります。その一方で、今世界では自国第一主義が台頭し、核兵器の近代化が進められるなど、各国間に東西冷戦期の緊張関係が再現しかねない状況にあります。

同じく20歳だった別の被爆者は訴えます。「あのような惨事が二度と世界に起こらないことを願う。過去の事だとして忘却や風化させてしまうことがあっては絶対にならない。人類の英知を傾けることで地球が平和に満ちた場所となることを切に願う」。人類は歴史を忘れ、あるいは直視することをやめたとき、再び重大な過ちを犯してしまいます。だからこそ私たちは「ヒロシマ」を「継続」して語り伝えなければなりません。核兵器の廃絶に向けた取り組みが、各国の為政者の「理性」に基づく行動によって「継続」するようにしなければなりません。

核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核拡散防止条約)に義務付けられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取り組みを進めていただきたい。

私たち市民社会は、朝鮮半島の緊張緩和が今後も対話によって平和裏に進むことを心から希望しています。為政者が勇気を持って行動するために、市民社会は多様性を尊重しながら互いに信頼関係を醸成し、核兵器の廃絶を人類共通の価値観にしていかなければなりません。世界の7600を超える都市で構成する平和首長会議は、そのための環境づくりに力を注ぎます。

日本政府には、核兵器禁止条約の発効に向けた流れの中で、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現するためにも、国際社会が核兵器のない世界の実現に向けた対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

本日、私たちは思いを新たに、原爆犠牲者のみ霊に衷心より哀悼の誠をささげ、被爆地長崎、そして世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。
posted by Lily at 13:34 | 政治と憲法
2018年08月05日

179.日米関係さもあらん(3)〜孫崎享の『戦後史の正体』より〜

25. 第二次世界大戦の日本においても、東京裁判にかけられるところまではいかなくても、職を奪われた人たちが大勢いました。まず軍国主義に関与した人物として、1946年1月に約6千名が公職から追放されました。ついで1947年1月から48年8月までのあいだに、政党・経済界・報道機関などの要職についていた人たちが約19万名追放されています。当時の雰囲気を、内務省で公職追放令を創る作業にあたっていた後藤田正晴(のちに警察庁長官、官房長官などを歴任)は、次のように書いています。「みんな自分だけは解除してくれと頼みに来る。見るも無残だな。えらい人が陳情にくるんだ。いかにも戦争に協力しとらんようにいってくる。なんと情けない野郎だなと〔思ったものだ〕」(『情と理―後藤田正晴回顧録』講談社)。こうした状況のなか、なんとか米国に追従しようとする動きがうまれてくるのは当然かもしれません。

26. 戦後の日本外交における「自主路線」のシンボルが重光葵です。「対米追随路線」のシンボルが吉田茂です。そして重光は当然のように追放されます。重光外相は、降伏文書に署名した9月2日のわずか2週間後、9月17日に外務大臣を辞任させられています。「日本の国益を堂々と主張する」。米国にとってそういう外務大臣は不要だったのです。求められるのは「連合国最高司令官からの要求にすべてしたがう外務大臣です。それが吉田茂でした。重光が辞任した後、次の外務大臣は吉田茂になります。戦後の日本外交の歴史において「自主路線」が「対米追随路線」にとって代わられる最初の例です。

27. 吉田茂は占領期・占領後を通じて、外相、首相と重要な役職を歴任し、戦後日本の方向を決めた人物です。さらに吉田の政策はその後、自民党の政策となり、50年以上継続します。

28. 占領初期、米国は日本経済を徹底的に破壊します。現在の私たちが常識としているような「寛容な占領」だったわけでは、まったくありません。その方針が変わるのは冷戦が始まり、日本をソ連との戦争に利用しようと考えるようになってからのことなのです。吉田首相が占領軍とやりあったから、戦後の経済復興があったわけではありません。

29. 占領時代、外務省はどの官庁よりも米国の影響を受けました。外務省に、気を見るに敏,事大主義の気質がどの官庁よりも強く存在していても不思議はない気がします。

30. 「日本は米国の保護国である」といえば、多くの人は「そんなバカな」という反応を示されると思います。しかし米国人の発言のなかには、たしかに保護国という言葉が出てくるのです。ブレジンスキー(カーター大統領時代、国家安全保障担当の大統領補佐官として辣腕をふるった人です)は『グランド・チェスボード』という本の中で、日本をアメリカの「安全保障上の保護国」(セキュリティ・プロテクトレイト)と書いています。

31. 「日本が米国の保護国である」という状況は、占領時代に作られ、現在までつづいているものです。ではなぜ、「日本が米国の保護国である」という状況が、一般国民の眼には見えないのでしょう。それは実にみごとな間接統治が行われているからです。間接統治では、政策の決定権は米国がもっています。しかし米国の指示を執行するのは日本政府です。「米国が日本政府に命令している場面」は国民に見えません。見えるのは日本政府が政策を実行しているところだけです。その部分だけを見ると、日本は完全に独立しているように見えます。しかしだれが安全保障政策を決定し、命令しているかとなるとそれは米国です。日本はただ従属しているだけというケースが多いのです。
posted by Lily at 17:21 | 政治と憲法

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