2018年09月09日

184.日米地位協定を考える(1)

日米地位協定と憲法は両立しない。筆者が憲法問題を考えるようになって痛感したことのひとつである。日米地位協定が憲法の邪魔をしているのだ。

憲法は国民のものである。宝といっていい。それほど憲法の価値は高い。その宝が日米地位協定によってないがしろにされている。看過し得ないゆゆしき問題である。

その日米地位協定の抜本的改定を国に求める提言が、全国知事会で全会一致で採択された。2018年7月27日に札幌で開かれた全国知事会でのことである。筆者はこれを2018年8月8日付の東京新聞で知ったのだが、はたして他紙はこの重大ニュースを伝えたのだろうか。伝えなかったとしたらその理由は何なのか。疑問に思う。

日米地位協定の見直しを国に求めるのは、全国知事会にとどまらず国民全体でやるべきだ。これは次世代に対する責任でもある。そのためには、この協定のもとでいったい何が起こっているのか、そのすべてを白日の下にさらさらす必要がある。そのほんの一部を紹介すべく、以下に『日米地位協定入門』から「不備だらけ協定」と「法の空白地帯」を引く。
 
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沖縄県内の米軍基地では、かつてベトナム戦争で使用され、奇形児の誕生など深刻な健康被害をあたえた「枯葉剤」が、1960年代には軍事演習で日常的に使用されていたことが最近になってあきらかになりました。米軍の退役軍人が枯葉剤を使用したために病気になったとして、米国政府を訴えたことで表面化したのです。

そのほかにも、変換された米軍基地の跡地から水銀やヒ素、PCBなどの有害物質が大量に検出されたり、有害物質がドラム缶につめられてうめられているのが発見されたりしています。

PCBについては、嘉手納基地内に掘られた池に無造作に保管されていることが基地従業員の通報でわかりましたが、米軍に問い合わせると「そんな事実はない」と否定されてしまいました。結局、あとになって米軍がそのPCB保管池を埋め立てて証拠隠滅をはかっていたことが判明しています。

そのPCBがどうなったか。その後の対応を聞くと驚きます。土中に埋められたPCBは放置しておけば、地下水の深刻な汚染を引き起こすことになります。嘉手納基地は沖縄本島でも地下水が豊富なところで、かつて沖縄が本土に復帰する前は、沖縄本島の水道水の二割を嘉手納にある数多くの井戸に頼っていたほどです。その地下水源の真上で米軍は、ただ土を掘ってつくった池におおいもかけず、PCB廃油を流し込んで保管(廃棄)していたのですからたまりません。

基地従業員の告発を受けた沖縄県や周辺自治体が「基地内」への立ち入り調査を申し入れました。しかし、米軍は地位協定上の「基地の管理権」をタテに立ち入り調査を拒否しました。そしてそのあいだにPCB廃油池を埋めてしまったのです。

結局、あとになって基地従業員の指摘どおりにPCB廃油池が発見され、埋め立てられた場所は掘り返され、PCBをふくんだ土ごとドラム缶に住められて処分されるはめになりました。

その処分は当然、米軍によって行われることになり、米軍はPCB入りドラム缶数百本を船に乗せて米国本国に運ぶことになりました。実際、船に乗せられたPCBドラム缶は、横浜経由で太平洋を横断して米国西海岸に到着します。ところが、ここで問題が生じました。
「有害物質を米国内にもちこんではいけない」
という米国の環境法に抵触するとして、米国内での処分が困難になったのです。米軍は仕方なく、PCB入りドラム缶を日本に持ち帰りました。有害物質が日本にもどってきたので、横浜港では日本の環境保護団体が輸送船に乗り込んで入稿をはばもうとするなど、猛烈な反対運動が起こりました。

その結果、米軍はドラム缶をまた沖縄に持ち帰ることになったようですが、そのごはどこに行ったかわかりません。最終的な処分は当時の防衛施設庁にゆだねられたと聞きます。防衛施設庁は福岡にあるPCB処理ができる民間企業に処理を委託したとの話もありましたが、不明です。

米国国内では環境法で規制されているPCBのとりあつかいや処分は、当然、日本の国内法でも規制されています。ところが、米軍基地内は地位協定によって米国の国内法は適用されず、日本の国内法も適用されないという「法の空白地帯」となっているのです。
日本の国内法が適用されないというのは、どう考えてもおかしな話です。それでは地位協定が日本国内で「法の空白地帯」を生んでいることになりますから、当然、改正をして、せめて日本国内の基地には、日本の国内法を適用して環境汚染や破壊を防止してほしいものです。
[前泊博盛著『日米地位協定入門』(2013)pp.77-79]

posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年09月02日

183.日米関係さもあらん(4)〜孫崎享の『戦後史の正体』より〜

32. 日本は、戦前は軍人をボスとする奴隷国で、そこから戦後は占領軍((GHQ)をボスとする奴隷国に変わっただけだと見られていました。

33. トルーマン大統領は次のように書いています。「マサチューセッツ工科大学の総長コンプトン博士は、〔日本から〕帰国したあとホワイトハウスに来て私に説明した。かれにまとめてもらった覚書は次のとおりである。日本は事実上、軍人をボスとする封建組織のなかの奴隷国であった。

34. 日本人指導者が米国人に従属する構図は、米国人からはよく見えます。しかし日本の一般の人たちにはその姿が見えないのです。

35. 吉田首相は、占領下の首相に実にふさわしい人物でした。ある意味で占領中の彼の「対米追随路線」は、しかたなかった面もあるでしょう。問題は彼が1954年の講話条約以降も首相の座に居すわりつづけたことです。その結果、占領中の対米追随路線が独立後もまったくかわらず継続され、むしろ美化されて、ついには戦後60年以上もつづくことになってしまった。ここが日本最大の悲劇なのです。

36. 日本には保守本流という言葉があります。一般に「吉田茂がひきいた旧自由党系の流れを汲んだ、池田勇人、佐藤栄作などの官僚出身の政治家(いわゆる吉田学校)を中心とした勢力」とされています。この保守本流こそは戦後の日本政治そのものであり、その精神は今日までつづいています。その根本は「従属」なのです。

37. 天皇には明白な戦争責任がある。それなのになぜ連合国が最初から天皇を裁かないことに決めているかといえば、それは「連合国の利益」のためだからです。

38. 占領時代、日本は米軍駐留経費として大変な額を支払っています。このとき米国に減額を求めて追放されたのが石橋湛山で、米国のいうとおりにしたのが吉田茂でした。

39. 日本は敗戦後、大変な経済困難にあります。このなかで、6年間で約5000億円、国家予算の2割から3割を米軍の経費にあてているのです。ちょっと信じられないような金額です。「占領下だから文句をいってもしょうがない。なまじっか正論をはいて米国からにらまれたら大変だ」というグループがいます。もちろん吉田茂が中心です。一方、「自分たちのほうが正論である。したがって、いうべきことはいう」というグループがいます。第一次吉田内閣に大蔵大臣として入閣し、のちに首相となる石橋湛山のグループです。石橋湛山は、GHQによって1947年5月16日、公職追放されてしまいます。石橋の側近だった石田博英は次のように書いています。「石橋蔵相が力を入れた問題に終戦処理費の削減がある。当時は国民のなかに餓死者が出るという窮乏の時代にもかかわらず、進駐軍の請求のなかに、ゴルフ場、特別列車の運転、はては花や金魚の注文書まで含まれていた。総額は60億ドルになると記憶しているが、石橋蔵相はあらゆる手をつくして、それを削減した」。

posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年08月26日

182.平成最後の戦没者追悼式にて

こと憲法に関し、このお2人が正反対のお考えであることを疑う人は皆無だろう。陛下は日本国憲法を「守るべき大切なもの」と考えておられる。一方、現首相はこの憲法に対し「みっともない憲法」とすら言い放ったことがある。

かの玉音放送から73年となる8月15日、日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式が開かれた。2015年(いわゆる戦後70年)以来くり返されてきた、陛下の「深い反省」という表現は今回も聞かれた。一方、安倍首相が第二次政権発足後から使わずにきた「加害と反省」の表現は、今回もまた聞かれずじまいであった。

平成最後の天皇陛下の言葉、ならびに安倍総理の式辞は以下の通り。

■天皇陛下の追悼のお言葉
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に73年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

■安倍総理の式辞
 天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者の御遺族、各界代表、多数のご列席を得て、全国戦没者追悼式を、ここに挙行致します。
 苛烈を極めた先の大戦において、祖国を想い、家族を案じつつ、戦場に斃れた御霊。戦禍に遭い、あるいは戦後、遠い異郷の地で亡くなった御霊。いまその御前にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。
 今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。
 未だ帰還を果たしていない、多くの御遺骨のことも、脳裏から離れることはありません。一日も早く故郷に戻られるよう、全力を尽くして参ります。
 戦後、我が国は、平和を重んじる国として、ただひたすらに、歩んでまいりました。世界をよりよい場とするため、力を尽くしてまいりました。戦争の惨禍を二度と繰り返さない、歴史と謙虚に向き合いながら、どのような時代であっても、この決然たる誓いを貫いて参ります。
 争いの温床となる様々な課題に真摯に取り組み、万人が心豊かに暮らせる世の中を実現する。そのことに不断の努力を重ねて参ります。今を生きる世代、明日を生きる世代のため、国の未来を切り拓いて参ります。
 終わりに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様には、ご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。


posted by Lily at 16:04 | 政治と憲法

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