2018年12月02日

196. イージス・アショアに隠された本当の目的

もしもこの話が本当なら日本人ほどおめでたい国民はいない。日本がべらぼうな値段で購入しているあの「イージス・アショア」。あれを日本に配備する本当の目的とは? 以下、[伊藤真・神原元・布施祐仁『9条の挑戦−非軍事中立戦略のリアリズム』p183]から。

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 北朝鮮は日本全土をほぼ射程に収めるミサイルを数百発配備しているとみられており、能力的には脅威となり得ます。しかし、発射から7〜8分で日本に到達するミサイルを、すべて迎撃するのは困難です。「飽和攻撃」と言って、こちらの迎撃能力を超える量のミサイルを一度に打ち込まれた場合は、なおさらです。しかも、日本海の沿岸部には27基もの原発が存在し、それらにミサイルが命中した場合、広範囲にわたって壊滅的な被害を受ける可能性があります。

 それにもかかわらず、日本政府は原発に迎撃ミサイルを配備していません。この事実一つをとってみても、日本政府は北朝鮮の弾道ミサイルの脅威を差し迫ったリアルなものとして捉えていないことがわかります。

 それにもかかわらず、日本政府はこれまでに、実に5兆円を超える税金をミサイル防衛のために使ってきました。そして、さらに5000億円をかけてイージス・アショアをアメリカから購入するというのです。

 また、イージス・アショアも含めて日本のミサイル防衛システムはアメリカのミサイル防衛システムに組み込まれており、アメリカ防衛を最優先に運用される可能性が高いと言えます。アメリカがイランのミサイルの脅威を理由にルーマニアとポーランドに配備したイージス・アショアも米本土に向かうミサイルの迎撃が最大の目的となっていますが、日本のイージス・アショア導入も米本土や米太平洋軍の拠点であるハワイやグアムの防衛に貢献することが隠された本当の目的です。
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どうだろう、この話? ひょっとしたら日本国民はそろそろ目を覚ましていいころかもしれない。

posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年11月25日

195.「抑止力」についての疑問[伊藤真『9条の挑戦―非軍事中立戦略のリアリズム』より]



いわゆる「抑止力」に不信感を抱いているひとり。得たり、と思う記述に出逢った。以下、伊藤真『9条の挑戦―非軍事中立戦略のリアリズム』(2018)pp.27-29より。
 
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軍隊を持つ方が攻められる危険は小さくなる、という意見があります。「攻めてきてみろよ、もっとひどい目にあわせてやるからな」といって相手国に対する攻撃抑止力になるという考え方です。

こうした「抑止力」に依存した安全保障政策は、実はかえって国民を危険にさらすものです。軍事的抑止力に依存する安全保障論には次のような疑問があります。
 
疑問1 
そもそも抑止力が効果的な安全保障手段かどうかが不明である。抑止力という概念自体が極めて主観的なものであり、抑止力の効果を客観的に測定することは不可能ではないのかという疑問がある。

抑止力が機能している状態というのはどういう場合か。それは「相手国がこちらを攻撃した場合、攻撃による利益よりももっと大きい打撃をこちらから受けると相手国が理解しているとこちらが認識でき、それにより、相手国はこちらを攻撃しないであろうとこちらが考えることができる場合」と言える。こうしたときに抑止が効いていると判断できるのだが、傍線部分はすべて主観的要素である。抑止力とは何重にも主観的要素を重ねた判断であるから、平和の維持と抑止力との因果関係を客観的に論証できるものではない。
 
疑問2 
抑止力の前提に対する疑問がある。
 
抑止力とは、お互いの腹の探り合いのようなものであるから、お互いが相手の軍事的能力や意図(軍事戦略)に関する情報を適切に有していることが前提となる。しかもそうした情報に基づいて理性的に判断できることを前提にしている。北朝鮮に関して言えば、これまで金正恩委員長が何を考えているかわからない危険な人物だとか、中国の軍事力は統計が不正確で不透明だと言いながら、抑止力を強調する人がいる。しかし、それは自己矛盾である。それは抑止が働かないことを自白しているに等しい。
 
疑問3 
同様に、テロに対する抑止力も無意味である。
 
現在、世界で最も脅威とされている国際テロを行う集団は自爆テロをも行い、軍事的な脅し、つまり抑止が効かない相手である。抑止力を高めればその国は平和になり、国民は安全になるのであろうか。もしそうであれば、世界最高の軍事力を持ち、世界最大の抑止力を持つ米国が世界で最も平和でかつ、米国市民が世界のどこへ行っても最も安全であるはずだが、現実は逆である。世界平和度指数のランキングで米国は163か国中、121位である(2018年)。ちなみに最下位はシリアであり、日本は9位である。
 
疑問4 
相手国を刺激し、軍拡競争を誘発することを考慮していない。
 
抑止力論は相手の脅威を強調して自国の軍事力強化を主張するが、そのことが相手国にとって脅威となり、ときに挑発になることを考慮しない。相手は日本に負けまいと軍拡に走り、日本もさらに負けまいとそれを上回る軍拡を目指すことになる。こうして際限なき軍拡の負のスパイラルに陥る危険性がある。その結果、一触即発の危機が生まれ、国の安全はかえって損なわれる。いわゆる「安全保障のジレンマ」に陥る。
 
「安全保障のジレンマ」とは、自国の安全のためにとった措置がかえって相手国に対する緊張を与え、相手国がとる対抗措置により、自国の安全が阻害されることをいう。相手に脅威を与える政策はかえって自国の安全を棄損するのである。
 
疑問5 
そして何よりも抑止力論は、抑止が破れた時の甚大な被害について考慮していない。
 
抑止が破れれば戦争になり、甚大な被害が生じる。その点に触れることなく、抑止力を高めれば確実に戦争を阻止できるように吹聴することは不誠実である。非軍事中立戦略に対して、侵略されたときの被害を甘受するのかと批判する人たちは、抑止力が破られた時の被害は無視するのかと問い返されるころになる。
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無意味な「抑止力」のために莫大な税金を投入しているのだろうか?
 
posted by Lily at 13:01 | 政治と憲法
2018年11月18日

194.「沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件」

憲法と日米地位協定は両立しない。憲法に保障されているはずの人権が、日米地位協定によってないがしろにされているのだ。この協定がいかにわが国の主権を侵害したものであるかについては、過去の米軍がらみの事件から明らかである。その代表的な事件が「沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件」である。以下、前泊博盛編『本当は憲法より大切な日米地位協定入門』p30-p34から。


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ここで日米地位協定を語るうえでもっとも有名な、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件について説明しておきましょう。

2004年8月13日午後2時17分、その沖縄国際大学の本館ビルに、米軍のCH53D大型ヘリが墜落し、爆発炎上しました。ヘリは墜落直前から壊れ始めており、墜落現場の沖縄国際大学とその周辺の商業ビルや民家には50か所以上にわたり、多数の部品が飛散しました。

猛スピードで飛び散ったヘリの部品は、バイクをなぎ倒し、中古車ショップの車を破壊し、民家の水タンクに穴を開け、マンションのガラスを破り、乳児が眠る寝室のふすまに突き刺さりました。大事故にもかかわらず怪我人が出なかったのは、「奇跡中の奇跡」と、だれもが口をそろえてくり返すほどの大事故でした。

さらに人びとに大きなショックをあたえたのは、事故直後、隣接する米軍普天間基地から数十人の米兵たちが基地のフェンスを乗り越え、事故現場の沖縄国際大学構内になだれこんだことです。彼らは事故現場を封鎖し、そこから日本人を排除しました。

沖縄県のテレビや新聞は「米兵が事故現場を制圧」という言葉で報道しましたが、まさにそのとおりの状況でした。米兵たちは捜査にあたる沖縄県警の警察官を事故現場に入れず、マスコミの取材活動も威圧して排除しようとしました。現場を撮影したテレビ局の取材ビデオさえ、力づくでとりあげようとしたのです。

琉球朝日放送の撮影したビデオがなんとか没収をまぬがれたのは、近くにいた市民や学生が協力してテレビ局のカメラマンを逃がしたからでした。

この映像を見ると、どんな日本人でも怒りにふるえることはまちがいありません。自分たちが事故を起こしておきながら、現地の警察を排除し、取材する記者から力ずくでビデオをとりあげようとする米兵たち。私たちが普段、テレビドラマや映画のなかだけでしか見たことのない、植民地同然の風景がそこに展開されているからです。

この事故は、住宅密集地にある普天間基地の危険性を、まざまざと見せつけるものでした。同時に、一般の民間地、しかも大学構内の事故現場が米軍によって封鎖され、日本の警察も市民も立ち入れないという、まさに植民地同然の事故処理が行われたことで、人びとに大きなショックをあたえました。さすがにその後の国会審議もふくめて、このときは日米地位協定の問題点が大きくクローズアップされています。

この事件が証明したように、沖縄の米軍と米軍基地は、日本国内にありながら一種の「治外法権」をあたえられています。なぜこうした信じられないような行動が許されるのか。米軍ヘリが墜落して日本の私有地で事故が起きているのに、なぜ日本側の捜査権が制限されてしまうのか。

それは1953年に結ばれた「事実上の密約」を受けつぐ形で、1960年に日米地位協定が結ばれたときに日本とアメリカの全権委員が次のような合意をしているからなのです。

日本国の当局は、(略)合衆国軍隊〔米軍〕の財産について、捜査、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない」(「日米地位協定についての合意議事録」1960年1月19日、ワシントン)

ですから墜落した機体の破片も「米軍の財産だ」と言われてしまうと、それ以上強くでることができないのです。
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なぜ、われわれ日本国民は、とうの昔に合意されたこんな不平等な約束ごとに、従わさせられねばならないのだろうか? 個々人の力は小さくとも、国民ひとりひとりが声を大にし世論を喚起することによって、日米両政府にこの協定の見直しを迫ることは、じゅうぶん可能だと思うのだが。
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法

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