2018年09月02日

183.日米関係さもあらん(4)〜孫崎享の『戦後史の正体』より〜

32. 日本は、戦前は軍人をボスとする奴隷国で、そこから戦後は占領軍((GHQ)をボスとする奴隷国に変わっただけだと見られていました。

33. トルーマン大統領は次のように書いています。「マサチューセッツ工科大学の総長コンプトン博士は、〔日本から〕帰国したあとホワイトハウスに来て私に説明した。かれにまとめてもらった覚書は次のとおりである。日本は事実上、軍人をボスとする封建組織のなかの奴隷国であった。

34. 日本人指導者が米国人に従属する構図は、米国人からはよく見えます。しかし日本の一般の人たちにはその姿が見えないのです。

35. 吉田首相は、占領下の首相に実にふさわしい人物でした。ある意味で占領中の彼の「対米追随路線」は、しかたなかった面もあるでしょう。問題は彼が1954年の講話条約以降も首相の座に居すわりつづけたことです。その結果、占領中の対米追随路線が独立後もまったくかわらず継続され、むしろ美化されて、ついには戦後60年以上もつづくことになってしまった。ここが日本最大の悲劇なのです。

36. 日本には保守本流という言葉があります。一般に「吉田茂がひきいた旧自由党系の流れを汲んだ、池田勇人、佐藤栄作などの官僚出身の政治家(いわゆる吉田学校)を中心とした勢力」とされています。この保守本流こそは戦後の日本政治そのものであり、その精神は今日までつづいています。その根本は「従属」なのです。

37. 天皇には明白な戦争責任がある。それなのになぜ連合国が最初から天皇を裁かないことに決めているかといえば、それは「連合国の利益」のためだからです。

38. 占領時代、日本は米軍駐留経費として大変な額を支払っています。このとき米国に減額を求めて追放されたのが石橋湛山で、米国のいうとおりにしたのが吉田茂でした。

39. 日本は敗戦後、大変な経済困難にあります。このなかで、6年間で約5000億円、国家予算の2割から3割を米軍の経費にあてているのです。ちょっと信じられないような金額です。「占領下だから文句をいってもしょうがない。なまじっか正論をはいて米国からにらまれたら大変だ」というグループがいます。もちろん吉田茂が中心です。一方、「自分たちのほうが正論である。したがって、いうべきことはいう」というグループがいます。第一次吉田内閣に大蔵大臣として入閣し、のちに首相となる石橋湛山のグループです。石橋湛山は、GHQによって1947年5月16日、公職追放されてしまいます。石橋の側近だった石田博英は次のように書いています。「石橋蔵相が力を入れた問題に終戦処理費の削減がある。当時は国民のなかに餓死者が出るという窮乏の時代にもかかわらず、進駐軍の請求のなかに、ゴルフ場、特別列車の運転、はては花や金魚の注文書まで含まれていた。総額は60億ドルになると記憶しているが、石橋蔵相はあらゆる手をつくして、それを削減した」。

posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年08月26日

182.平成最後の戦没者追悼式にて

こと憲法に関し、このお2人が正反対のお考えであることを疑う人は皆無だろう。陛下は日本国憲法を「守るべき大切なもの」と考えておられる。一方、現首相はこの憲法に対し「みっともない憲法」とすら言い放ったことがある。

かの玉音放送から73年となる8月15日、日本武道館で政府主催の全国戦没者追悼式が開かれた。2015年(いわゆる戦後70年)以来くり返されてきた、陛下の「深い反省」という表現は今回も聞かれた。一方、安倍首相が第二次政権発足後から使わずにきた「加害と反省」の表現は、今回もまた聞かれずじまいであった。

平成最後の天皇陛下の言葉、ならびに安倍総理の式辞は以下の通り。

■天皇陛下の追悼のお言葉
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に73年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
 戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

■安倍総理の式辞
 天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者の御遺族、各界代表、多数のご列席を得て、全国戦没者追悼式を、ここに挙行致します。
 苛烈を極めた先の大戦において、祖国を想い、家族を案じつつ、戦場に斃れた御霊。戦禍に遭い、あるいは戦後、遠い異郷の地で亡くなった御霊。いまその御前にあって、御霊安かれと、心より、お祈り申し上げます。
 今日の平和と繁栄が、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれたものであることを、私たちは片時たりとも忘れません。改めて、衷心より、敬意と感謝の念を捧げます。
 未だ帰還を果たしていない、多くの御遺骨のことも、脳裏から離れることはありません。一日も早く故郷に戻られるよう、全力を尽くして参ります。
 戦後、我が国は、平和を重んじる国として、ただひたすらに、歩んでまいりました。世界をよりよい場とするため、力を尽くしてまいりました。戦争の惨禍を二度と繰り返さない、歴史と謙虚に向き合いながら、どのような時代であっても、この決然たる誓いを貫いて参ります。
 争いの温床となる様々な課題に真摯に取り組み、万人が心豊かに暮らせる世の中を実現する。そのことに不断の努力を重ねて参ります。今を生きる世代、明日を生きる世代のため、国の未来を切り拓いて参ります。
 終わりに、いま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様には、ご多幸を、心よりお祈りし、式辞といたします。


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2018年08月19日

181.平成最後の長崎平和宣言(全文)

2018年8月9日。田上富久長崎市長は、いまだ核兵器禁止条約に署名しない日本政府に訴えた。「日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます」。以下はこの日に田上市長が読み上げた、平成最後の長崎平和宣言である。

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73年前の今日、8月9日午前11時2分。真夏の空にさく裂した一発の原子爆弾により、長崎の街は無残な姿に変わり果てました。人も動物も草も木も、生きとし生けるものすべてが焼き尽くされ、廃墟(はいきょ)と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮き沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と体に深い傷を負い、今も放射線の後障害に苦しみ続けています。

原爆は、人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る残酷な兵器なのです。

1946年、創設されたばかりの国際連合は、核兵器など大量破壊兵器の廃絶を国連総会決議第1号としました。同じ年に公布された日本国憲法は、平和主義を揺るぎない柱の一つに据えました。広島・長崎が体験した原爆の惨禍とそれをもたらした戦争を、二度と繰り返さないという強い決意を示し、その実現を未来に託したのです。

昨年、この決意を実現しようと訴え続けた国々と被爆者をはじめとする多くの人々の努力が実り、国連で核兵器禁止条約が採択されました。そして、条約の採択に大きな貢献をした核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞しました。この二つの出来事は、地球上の多くの人々が、核兵器のない世界の実現を求め続けている証です。

しかし、第二次世界大戦終結から73年がたった今も、世界には14450発の核弾頭が存在しています。しかも、核兵器は必要だと平然と主張し、核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに、被爆地は強い懸念を持っています。

核兵器を持つ国々と核の傘に依存している国々のリーダーに訴えます。国連総会決議第1号で核兵器の廃絶を目標とした決意を忘れないでください。そして50年前に核不拡散条約(NPT)で交わした「核軍縮に誠実に取り組む」という世界との約束を果たしてください。人類がもう一度被爆者を生む過ちを犯してしまう前に、核兵器に頼らない安全保障政策に転換することを強く求めます。

そして世界の皆さん、核兵器禁止条約が一日も早く発効するよう、自分の国の政府と国会に条約の署名と批准を求めてください。

日本政府は、核兵器禁止条約に署名しない立場をとっています。それに対して今、300を超える地方議会が条約の署名と批准を求める声を上げています。日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます。

今、朝鮮半島では非核化と平和に向けた新しい動きが生まれつつあります。南北首脳による「板門店宣言」や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向けた努力を求めます。

長崎の核兵器廃絶運動を長年牽引(けんいん)してきた二人の被爆者が、昨年、相次いで亡くなりました。その一人の土山秀夫さんは、核兵器に頼ろうとする国々のリーダーに対し、こう述べています。「あなた方が核兵器を所有し、またこれから保有しようとすることは、何の自慢にもならない。それどころか恥ずべき人道に対する犯罪の加担者となりかねないことを知るべきである」。もう一人の被爆者、谷口稜曄(すみてる)さんはこう述べました。「核兵器と人類は共存できないのです。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも核兵器を残してはなりません」。

二人は、戦争や被爆の体験がない人たちが道を間違えてしまうことを強く心配していました。二人がいなくなった今、改めて「戦争をしない」という日本国憲法に込められた思いを次世代に引き継がなければならないと思います。

平和な世界の実現に向けて、私たち一人ひとりに出来ることはたくさんあります。

被爆地を訪れ、核兵器の怖さと歴史を知ることはその一つです。自分のまちの戦争体験を聴くことも大切なことです。体験は共有できなくても、平和への思いは共有できます。

長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は、高校生たちの発案で始まりました。若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っています。

折り鶴を折って被爆地に送り続けている人もいます。文化や風習の異なる国の人たちと交流することで、相互理解を深めることも平和につながります。自分の好きな音楽やスポーツを通して平和への思いを表現することもできます。市民社会こそ平和を生む基盤です。「戦争の文化」ではなく「平和の文化」を、市民社会の力で世界中に広げていきましょう。

東日本大震災の原発事故から7年が経過した今も、放射線の影響は福島の皆さんを苦しめ続けています。長崎は、復興に向け努力されている福島の皆さんを引き続き応援していきます。

被爆者の平均年齢は82歳を超えました。日本政府には、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、今も被爆者と認定されていない「被爆体験者」の一日も早い救済を求めます。

原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界と恒久平和の実現のため、世界の皆さんとともに力を尽くし続けることをここに宣言します。
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posted by Lily at 15:33 | 政治と憲法

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