2017年12月17日

146.サーロー節子さんの演説

「幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていました。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました」。

これはサーロー節子さん(85)が広島原爆投下に遭った時の光景です。今年のノーベル平和賞を受賞したのは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))。その受賞式で被曝者サーロー節子さんが演説をされました。上記はその一部です。以下全文を転載します。

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両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の高名なメンバーの皆さま。ここにいる、そして世界中にいる運動家の仲間たち。淑女、紳士の皆さま。ICANの運動を形づくる傑出した全ての人々に成り代わってベアトリス(・フィン事務局長)と共にこの賞を受け取ることは大変な栄誉です。私たちは核兵器の時代を終わらせることができる、終わらせるのだという、かくも大きな希望を皆さま一人一人が私に与えてくれます。

▼座視しない
被爆者は、奇跡のような偶然によって広島と長崎の原爆を生き延びました。私は被爆者の一人としてお話しします。七十年以上にわたって私たちは核兵器の廃絶に取り組んできました。

私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の人々と連帯してきました。(核実験が行われた)ムルロア、エケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々。土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊された人々と連帯してきました。

私たちは犠牲者であることに甘んじることはありませんでした。灼熱(しゃくねつ)の終末を即座に迎えることや、世界がゆっくりと汚染されていくことに対し、手をこまねいていることは拒否しました。いわゆる大国が、無謀にも私たちを核のたそがれから核の闇夜の間際へと送り込むことを、恐怖の中で座視することは拒否しました。私たちは立ち上がりました。生き延びた体験を分かち合いました。人類と核兵器は共存できないのだと声にしました。

▼叫び声聞こえた
きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう。

米国が最初の原爆を私が住んでいた都市、広島に投下した時、私はまだ十三歳でした。私は今もあの朝を鮮明に覚えています。八時十五分、窓からの青みを帯びた白い閃光(せんこう)に目がくらみました。体が宙に浮かぶ感覚を覚えています。

静かな闇の中で意識を取り戻すと、倒壊した建物の中で身動きできないことに気付きました。級友たちの弱々しい叫び声が聞こえてきました。「お母さん、助けて。神さま、助けて」

そして突然、私の左肩に手が触れるのを感じました。「諦めるな。頑張れ。助けてやる。あの隙間から光が差すのが見えるか。あそこまでできるだけ速くはっていくんだ」。誰かがこう言うのが聞こえました。はい出ると、倒壊した建物には火が付いていました。あの建物にいた級友のほとんどは生きたまま焼かれ、死にました。そこら中が途方もなく完全に破壊されているのを目にしました。

幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていました。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました。

このようにして、私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅したのです。住民のほとんどは非戦闘員でした。彼らは燃やされ、焼き尽くされ、炭になりました。その中には私の家族と三百五十一人の級友が含まれています。

▼愚行を許さない
その後の数週間、数カ月間、数年間にわたって、放射線の後遺症により予測もつかないような不可解な形で何千もの人々が亡くなりました。今日に至ってもなお、放射線は人々の命を奪っています。

広島を思い出すとき、最初に目に浮かぶのは四歳だった私のおい、英治の姿です。小さな体は溶けて、肉の塊に変わり、見分けがつかないほどでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲しいと言い続けました。

今この瞬間も、世界中で罪のない子どもたちが核兵器の脅威にさらされています。おいは私にとって、こうした世界の子どもたちを代表する存在となりました。核兵器はいつどんなときも、私たちが愛する全ての人々、いとおしく思う全てを危険にさらしています。私たちはこの愚行をこれ以上許してはなりません。

苦しみと生き延びるためのいちずな闘いを通じて、そして廃虚から復興するための苦闘を通じて私たち被爆者は確信に至りました。破局をもたらすこうした兵器について、私たちは世界に警告しなければならないのです。繰り返し私たちは証言してきました。

しかし、広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なすことをなお拒絶する人たちもいたのです。「正義の戦争」を終わらせた「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。こうした作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍拡競争は続いています。

今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美しい世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです。

▼終わりの始まり
今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成した時、私は喜びでいっぱいになりました。私はかつて人類の最悪な側面を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。

責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。「抑止力」とは、軍縮を抑止するものなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ雲の下で暮らすことはありません。

核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。

世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。

▼光に向かって
私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。いま私たちにとって、核禁止条約が光です。この会場にいる皆さんに、世界中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛けの言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向かってはっていくんだ」

今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖という暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私たちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。この光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱であり、誓いなのです。 
※(オスロ・共同)=ノーベル財団公表の公式テキストによる
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サーロー節子さんはおっしゃいます。
「核兵器は必要悪ではなく、絶対悪。禁止条約採択を核兵器の終わりの始まりにしよう」。


※引用参考データ:2017/12/10毎日新聞、12/11東京新聞夕刊

 
posted by Lily at 19:29 | 政治と憲法
2017年12月10日

145.開戦76年:問い直す戦争

真珠湾攻撃から76年にあたる2017年12月08日。この日の東京新聞社説で先の戦争をふりかえっています。タイトルは、〈日米開戦から76年 問い直す「なぜ戦争を」〉。以下あらましです。

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なんであんな戦争してしまったのか。日本の開戦は不意打ちで、通告文書がワシントンの日本大使館から届けられる前に攻撃が始まった。事情がどうあれこれは事実。考えてみれば、1941年当時の日本とアメリカとの国力の差は歴然で、国民総生産で12倍、石油保有量は700倍以上も差があった。なのになぜ日本はあんな戦争をしかけてしまったのか。要因はひとつではなく、例えば:

・「幻想」
国力差が10倍もあるロシアを破った栄光が幻影となっていた。

・「復讐」
<嘗(かつ)てペルリによって武力的に開国を迫られた我が国の、これこそ最初にして最大の苛烈極まる返答であり、復讐だったのである。維新以来我ら祖先の抱いた無念の思いを、一挙にして晴すべきときが来たのである>(評論家・亀井勝一郎)

・「雪辱」
米国と江戸幕府は日米和親条約や日米修好通商条約を結んだが、不平等条約であり、明治期は条約改正に苦しんだ。真珠湾で開国からの屈辱を晴らした−。明治人にはそんな思いがよぎったのだろう。

・「孤立化」
1928年のパリ不戦条約のわずか3年後に日本は満州事変を起こし、傀儡(かいらい)国家・満州国をつくり、日本は国際連盟を脱退せざるを得なくなり、1937年には日中戦争を始め、同年12月に南京事件を起こしている。
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社説はこう結ばれています。「世界から孤立し侵略戦争を進めたことこそ、日米開戦に至る遠因だったろう。そして惨めな敗戦に至った原因でもある。今、負の歴史を隠す風潮がある。歴史には正直者でなければならぬ。」

「歴史には正直者でなければならぬ」。そうですよね。そうあるべきです。負の歴史を正視し、同じ過ちを繰り返さないよう生きるのが、後世としての責任であり、誠実な生き方でありましょう。

さて、同じ12/8(日本時間)。今年のノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロさん(63)が、ストックホルムでお話されました。その中で、現在の世界情勢について、ヨーロッパやアメリカでグローバル化の反動と見られるポピュリズムが台頭していると懸念を示し、文学者としての決意を表明されています。以下、抜粋です。ご参考まで。

・「指導者が時代から取り残されてしまった人々をいわば利用する形で支持を集めようとしている。これは第2次世界大戦前の1930年代にも使われた手法で、非常に危険だ」

・「プロパガンダは過去の時代にもあった。しかし、現在、事実だろうと、うそだろうと、自分の感情に沿うのであれば気にしないという風潮が広まっていることが気がかりだ」

・「危険なほどに分断が増大する時代に、良い作品を書き、読むことで壁を打破できる」「文学者としてできる全力を尽くす」

・「ノーベル賞は新しい発見を人類のためにどのように使っていくのか問いかけている。人間の思いや感情を伝える文学を通じて、分断の時代に築かれた壁を乗り越えることに貢献したい」

※引用参考データ:2017/12/08NHKニュース、産経ニュース、朝日新聞、
2017/12/08東京新聞社説〈日米開戦から76年 問い直す「なぜ戦争を」〉
posted by Lily at 18:03 | 政治と憲法
2017年12月03日

144.国民投票にあたり国民がなすべきこと

一説によれば、憲法改定の国民投票に際しては改憲派がだんせん有利だといいます。その理由は資金力。つまりお金のある方が有利だというのですね。以下をご覧ください。

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国民投票の帰趨を左右するのは広告宣伝、ここで改憲派は圧倒的に有利な状況にある。投票運動期間中のメディア規制がほとんどないのをいいことに、豊富な資金力をもとに巨大広告代理店=電通が一手に作成するテレビCM大量投入できるのだ。国の将来を決める局面で、国民は、果たして公正な判断ができるのか?
(本間龍『メディアに操作される憲法改正国民投票』)
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なるほど、一理ありますね。国民投票の前にどっと流れるCMに知らず知らず「洗脳」されてく可能性。大いにあると思います。

ではもう勝負が決まったのか? というと、それもまた違う。国民おのおのが正確な知識を持ち、ぶれない意見を持っていれば、どんな「俗説」にさらされようと常に自分の頭で考えることができるはず。だから「議論もどき」に惑わされない力を持っていたいものです。最終的な選択が「護憲」であれ「改憲」であれ、その選択はCMが流れたから云々ではなく、国民が自分の頭で考え、導き出した選択であるべきです。

憲法改定に際し、メディアが情報提供という責任ある役割を果たすことになるのは言うまでもありません。でも、もしもメディアがその役割をちゃんと果たしていないとしたら、メディアをリードしていくのもまた国民の役割でありましょう。以下に憲法学者・木村草太さんの言を引きます。

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憲法改正と一口にいっても、様々なテーマがある。それらを一括りにしてしまうのは、日本のメディアの悪癖である。

放送時間や紙幅の制限があるのは十分にわかる。しかしながら、巷に流布する俗説に基づいて、「改憲に賛成ですか」、「自衛隊は違憲だと思いますか」などと聞いても、あまり意味のある議論にはならない。国民とって意義のある議論にするためには、憲法改正については、正確な知識に基づき、きちんとテーマを分けて議論すべきだ。

「改憲勢力の議席」に関する報道も、「教育無償化改憲賛成派の議席」、「憲法9条改正賛成派の議席」、「解散権制限改憲賛成派の議席」などといった形で記述してくれないと、今何が起きているのか、正しく国民に伝わらない。

メディアがなかなか変われないのであれば、むしろ国民の側が、「そんな報道では意味がない」とメディアをリードするしかないのだろう。国民が変わればメディアも変わらざるを得ないのだから。

そういう意味では、文字数の制約があまりないネットメディアや書籍に期待している。もちろん、こうしたメディアには、厳しい事前セレクトがかからないことにより、「玉石混交」という難点がある。つまり、読む側に「良い情報」と「悪い情報」を見分ける力が必要とされる。

国民の皆さんには、しっかりと情報の真偽を見極めたうえで、テレビや新聞以外の情報にも十分に触れていってほしい。
(木村草太「いまさら聞けない『憲法9条と自衛隊』」)
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そうですね。木村草太さんのおっしゃる通りです。憲法改定国民投票にあたり私たちがなすべきことは「しっかりと情報の真偽を見極めたうえで、テレビや新聞以外の情報にも十分に触れていくこと」。賛成にせよ反対にせよ、未来に責任ある投票をするために、積極的に情報収集に励もうと思います。


※引用参考データ:
本間龍『メディアに操作される憲法改正国民投票』(2017)岩波書店、
2016/07/02 木村草太:いまさら聞けない「憲法9条と自衛隊」〜本当に「憲法改正」は必要なのか?
posted by Lily at 17:40 | 政治と憲法
2017年11月26日

143.反軍国主義のシンボル

終戦当時、日本は世界中から「軍国主義国」だとみなされていました。でも、今ではどうでしょう? おそらく今の日本を軍国主義だという人はいない、どころか日本は「平和国家」としての一定の評価を得ています。軍国主義国日本をここまで変えたものは何だったのか。以下に歴史家ジョン・ダワー氏の言を引かせていただきます(『映画日本国憲法読本』pp.76-77)。

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軍人の多くは思い知っているのですよ。戦争は恐ろしいものであり、あってはならないものだと知っているのです。それに加えて、マッカーサーは当時の日本が置かれた状況もよく理解していました。日本政府もやがて理解するようになったわけですが、当時は世界中が日本に罵詈雑言を浴びせていました。日本が始めた戦争がどれほど無茶なものであったか、そして日本が世界からどれほど信頼されていなかったかを忘れてはいけません。

真珠湾攻撃のせいではありません。中国やアジア諸国に対する戦争のせいです。日本はアジアを破壊し尽くしました。戦時中に殺された中国人の数はわかっていません。たぶん数えられるだけでも1500万人は殺されたはずです。中国側はもっと多いと言っています。いまでは誰もインドネシアでの出来事を口にしませんが、インドネシアでも何百万人が殺されました。フィリピンも大きな被害を受けました。そして真珠湾攻撃後は多くのアメリカ兵やアメリカ人捕虜も殺されました。

だから世界中が日本に対して不信感を抱いていたのです。世界中が日本を本質的な軍国主義国だとみなしていました。しかしマッカーサーは「そうした認識をくつがえすことは可能だ」と考えました。日本は軍国主義や侵略、抑圧のシンボルではなく、反軍国主義のシンボルになることができる。それを法制化すればいい。人権の尊重や主権在民を盛り込もう。すべてを一つのパッケージにしてしまおう。そうすれば世界から尊敬を受ける国に生まれ変わることができる――。
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実際、マッカーサー氏が考えていたような「世界から尊敬を受ける国」に、わが国日本がたどり着くことができたのかどうか。そこは定かではありませんが、少なくとも改憲論議に際しては、マッカーサー氏のいう「法制化」が果たしてきた役割を踏まえておく必要があるのではないでしょうか。


引用・参考文献:
『映画日本国憲法読本』(2013第2刷)有限会社フォイル
posted by Lily at 16:25 | 政治と憲法
2017年11月19日

142.「9条は謝罪」という見方

アジア政治学者のチャルマーズ・ジョンソン氏いわく。

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日本は第二次世界大戦中の侵略行為に関して謝罪しなかったとして、いまだに批判されています。少なくとも日本は戦後にドイツが行ったような謝罪を行っていません。私が初めて来日したのは1953年、この問題がまだ熱く議論されている頃でした。そのときから感じていることですが、日本は謝罪したのです。憲法第9条こそが謝罪だったのです。東アジア諸国へ向けられた宣言だったのです。

「今後、あなた方が、1930年代から40年代に起こったような日本の軍事行為の再発を恐れる必要はありません。なぜなら、日本は公式に、そして法的にも、武力行使を放棄したからです。自衛の最終段階における行使を除いて」。

憲法第9条を破棄することは、謝罪を破棄することにほかなりません。そうなれば、中国でも東南アジアの華僑(かきょう)社会でも、朝鮮半島でも、「日本はほんとうに謝罪したのか、戦争犯罪の重さをほんとうに理解する気があるのか」という問題が再燃するでしょう。
(『映画日本国憲法読本』pp.29-30)
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先の衆院選で自民党が公約に掲げた改憲項目はこの4点でした。
・自衛隊の明記(憲法9条)
・教育の無償化・充実強化(憲法26条)
・緊急事態対応(自民党改憲草案98,99条)
・参院の合区解消(憲法47条)

大勝により改憲議席衆院選3分の2 を手に入れた自民党をはじめとする改憲派は、いよいよ改憲に向けた動きを加速しています。国民投票の日は意外に近いのかもしれません。

憲法は私たち国民のもの。為政者のものではありません。憲法を変えるべきか変えずにおくべきか、決めるのは私たち国民です。為政者の言葉に引っ張られることなく、私たち自身の目で憲法の真実を見ておく必要性をことさら感じるこの頃です。

引用・参考文献:
『映画日本国憲法読本』(2013第2刷)有限会社フォイル
posted by Lily at 10:10 | 政治と憲法
2017年11月12日

141.米軍基地から入国した大統領

11月5日から7日にかけて来日された米トランプ大統領ですが、戦後のアメリカ大統領の中で、在日米軍基地から入国した大統領はトラン氏がはじめてだといいます。これはいったい何を意味するのでしょうか? 天木直人氏のブログ一部を引用させていただきます。

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戦後の米国の現職大統領の中で、はじめて日本に来日した大統領は誰か。

それは1974年に来日したフォード大統領であることを知っている国民は少ないだろう。

それ以前の大統領は、ニクソンも、ジョンソンも、あのケネディも来日していないのだ。

アイゼンハワーは安保反対で来ることが出来なかったし、占領下のトルーマンやルーズベルトが来日するはずはなかった。

そして、フォードの来日以来、今度のトランプに至るまで、すべての現職大統領が来日している。

しかし、日本に来日した米国現職大統領の中で、羽田空港ではなく在日米軍基地である横田基地から入国したのは、今度のトランプ大統領がはじめてである。

このことが、いかに異常で、日本の主権を侵害したものであるか。

 (中略)

日米安保条約と、その具体的取り決めである日米地位協定が治外法権的な不平等条約である事は、日本の外務省も米国の国務省も知っている。だからこそ、これまでの現職米国大統領の来日に際しては、日米外交当局はことさら配慮して、横田基地ではなく羽田空港に降り立つことに気を使って来た。

ところが、トランプと安倍首相の間には、その配慮がなかったということだ。

日本占領を当たり前のように考えている米国軍幹部とそれに従うトランプが、日本の国民感情を逆なでする誤りをおかそうとしたのに対して、トランプの機嫌を損ねたくなかった安倍首相が、その誤りを容認し、日本の主権侵害を公然と認める愚を犯した結果、はじめて現職米大統領が横田基地に降り立ち、そのままゴルフ場に直行するという前代未聞の事が起きたのだ。
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この前代未聞の出来事をわれわれ国民はどう受け止めたらいいのでしょう?

※引用データ:2017/11/08天木直人のブログ「米国大統領をはじめて横田基地から入国させた安倍首相」

posted by Lily at 15:05 | 政治と憲法
2017年11月05日

140.知憲→論憲→改憲




11月1日の『モーニングCROSS』(TOKYO MX)という番組で、憲法アイドルの内山奈月さんがこういう話をしていました。

「改憲」の前に「論憲」
「論憲」の前に「知憲」
憲法を変える前に、憲法を論じる必要がある。
そして憲法を論じるためには、憲法を知る必要がある。

さもありなん。というわけで、ご紹介したい本があります。国家権力を「ライオン」にたとえ、憲法を「檻(おり)」にたとえ、憲法についてわかりやすく解説しているその本の名は

『檻の中のライオン』(楾大樹(はんどう・たいき)著、かもがわ出版)1300円+税

で、今回は、この本の「はじめに」から一部を紹介いたします。

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憲法について考え、議論するには、まず「憲法とは何か」を知るところから始めなければなりません。

主権者は国民です。憲法は国民のものです。広く国民が憲法を知り、憲法を使いこなさないといけません。

「憲法を知る」といっても、条文を丸暗記するだけでは、現実に起きる様々な憲法問題を自分で考えてみることは難しいでしょう。

単に「憲法の条文はこうなっている」というところから、もう一歩踏み込んで、「なぜそうなっているのか」、理由を考えてみることがとても大切です。

憲法問題と政治問題は、次元の異なる問題です。相撲で言うと、憲法は「土俵」にあたるものです。「右」の力士と「左」の力士が相撲取って、どちらが勝つか、これは政治問題。どちらの力士を応援するかは、人それぞれ自由です。

しかし、力士は、決められた土俵の上で(憲法と言う枠の中で)相撲をとらなければなりません。いくら最強かつ大人気の横綱でも、土俵の形を勝手に変えることはできませんし、行司の裁きには従わなければなりません。
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この本は小学5〜6年生がじゅうぶん理解できる内容です。また、大人がてっとり早く憲法の基本をつかむのにも大いに役立つかと存じます。

posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2017年10月29日

139.今回の衆院選に対する市民連合の見解

10月22日の解散総選挙について、市民連合(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)が翌10月23日付で見解を発表しています。今回の結果が「民意からの乖離」であること、与党の勝因が小選挙区制度や野党の分裂にあること、改憲についての今後の見通しなどが的確に述べられていますので、以下に引用いたします。

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【第48回衆議院議員選挙に関する見解】
 10月22日に投票が行われた第48回衆議院議員選挙において、自民党・公明党の与党が3分の2の議席を確保する結果となりました。市民連合は、安倍政権がこの多数基盤の上に、憲法の基本精神を破壊する方向でその改定を具体化することを強く危惧します。
 選挙戦の中で行われたいくつかの世論調査では、内閣支持率が低下し、不支持率を下回るものもありました。その意味で、国民は安倍政権を決して信頼したり、評価したりしているわけではないことは明白です。投票率も戦後最低レベルに留まってしまいました*。与党の巨大な議席は、勝者にボーナスを与える小選挙区制度がもたらした、民意からの乖離といわなければなりません。
 野党側では、民進党が分裂したことが与党の大勝を招いたことも事実です。総選挙における立憲勢力の前進のために市民と野党の協力体制の準備を進めていたことを無視し、前原誠司代表が希望の党への合流を強引に推し進め、民進党を分裂させ、野党協力の態勢を壊したことは、強く批判されるべきだと考えます。
 しかし、立憲民主党が選挙直前に発足し、野党協力の態勢を再構築し、安倍政治を憂える市民にとっての選択肢となったことで野党第一党となり、立憲主義を守る一応の拠点ができたことは一定の成果と言えるでしょう。この結果については、自党の利益を超えて大局的視野から野党協力を進めた日本共産党の努力を高く評価したいと考えます。社会民主党も野党協力の要としての役割を果たしました。
 そして何よりも、立憲野党の前進を実現するために奮闘してきた全国の市民の皆さんのエネルギーなくして、このような結果はあり得ませんでした。昨夏の参議院選挙につづいて、困難な状況のなかで立憲民主主義を守るための野党共闘の構築に粘り強く取り組んだ市民の皆さんに心からエールを送ります。
 与党大勝という結果は残念ではありますが、安倍政治に対抗すべき市民と野党の共闘のあるべき姿がこの選挙戦を通じて明確になったことには意味があると思われます。違憲の安保法制を前提とした憲法9条改悪への反対と立憲主義の回復などを共通の土台とした今回の市民と野党の共闘の成果を踏まえ、立憲野党が、無所属、その他の心ある政治家とともに、強力な対抗勢力を再構築することを心より期待し、市民連合もできるかぎりの応援をしたいと考えます。
 衆議院で与党が3分の2を確保したことにより、安倍政権・自民党は近い将来、憲法改正の発議を企てることが予想されます。もちろん、現在の国民投票法は、運動に関する規制があいまいで、資金の豊富な陣営がテレビコマーシャルなどを通して民意を動かすことができるなど大きな欠陥があり、市民連合は現行制度のままでの改憲発議に反対します。しかし、万一、与党が数を頼んで改憲発議を行った場合、市民連合は国民投票において、安倍政権の進める憲法改正に反対するための大きな運動をつくるために、立憲野党とともにさらに努力を進めていきたいと考えます。
2017年10月23日
安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合

*2014年の前回衆院選の投票率は52.66%で戦後最低。前回と比べわずかに上昇したものの、今回の投票率53.68%は戦後2番目に低い。

posted by Lily at 10:21 | 政治と憲法
2017年10月22日

138.「知ってはいけない」知っておきたいこと(7)

今日(2017/10/22)は第48回衆議院選挙の投開票日ですが「選挙後に私たちの目の前に姿を表すのは、<自民・公明・希望・維新>による巨大な保守連合体制である可能性が極めて高い」と、『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』の著者である矢部宏治さんはおっしゃいます。私もそう思いっていますがそれはさておき。

『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』の要点を、ジャーナリストの田中龍作さんがわかりやすくまとめておられますので田中氏のブログ(2017年08月06日)より全文引用させていただきます。

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この国の最高法規は「日本国憲法」ではなく、国権の最高機関は国会ではない ― 日米間のタブーを告発し続けている作家・矢部宏治が、日本を支配する真相に迫った。

最高法規は米国との「密約」であり、最高機関は「日米合同委員会」である。著作を貫くのはこの2本柱だ。

2015年、安倍政権が集団的自衛権の行使を可能にする「安保法制」を強行採決した。「米国からの要請があった」といわれているが、70年以上も前から路線は敷かれていたのである。「指揮権密約」だ。吉田茂とクラーク米軍司令官が1952年7月23日、口頭で交わした。

クラーク司令官が「戦争になったら日本の軍隊(当時、警察予備隊)は米軍の指揮下に入って戦うことをはっきり了承してほしい」と吉田に申し入れた。吉田は同意した。

これに先立つこと2年。1950年に日本は海外派兵している。朝鮮戦争開戦後、海上保安庁の掃海艇は米軍の指揮下で朝鮮半島沖に出動した。うち一隻が機雷に触れて沈没、死者1名、負傷者18名を出した。

「戦力を持ち」「海外で武力行使する」。憲法9条は、誕生からわずか3〜4年で破壊されていたのである。

軍隊の指揮権をあらかじめ他国が持っているとなると、完全な属国となる。言い訳のしようもない。絶対に公表できない。日本国民の目に見えるかたちで正式に条文化することはできなかったため、日本独立後、「密約」を結んだのである。

密約は指揮権ばかりでない。米兵の治外法権を可能にする「裁判権密約」。日本のどこにでも米軍基地を置ける「基地権密約」がある。

こうした密約を担保しているのが日米合同委員会だ。米軍施設である「ニュー山王ホテル」(東京・六本木)に置かれている。

日本側の出席者は、各省庁のトップ官僚であるのに対し米側は軍人だ。ここで決まったことは国会に報告する義務もない。憲法より上位に位置することは言うまでもない。

日米合同委員会は国権の最高機関であり、同委員会の権限を握っているのは米軍なのである。日本が米軍の支配下にあることは、戦後史を見ても一目瞭然だ。政権交代があっても、ここを変えない限り、日本は変わらないのである。鳩山政権の悲劇を忘れてはならない。

本著は陰謀論ではないのが特徴だ。「誰と誰がいつ密約を結んだのか」などを具体的に示している。

日本の現状にほぼ満足している方には、本著を読まないことをお勧めする。
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われわれに必要なのは「真実を見極める目」。これに尽きると思います。

※引用データ:BLOGOS 2017/08/06 田中龍作:
『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』矢部宏治・著
posted by Lily at 19:55 | 政治と憲法
2017年10月15日

137.「知ってはいけない」知っておきたいこと(6)

2017年10月11日の午後5時35分頃のこと。沖縄でまた米軍機が「不時着 」しました(一部報道では「墜落」):

米軍普天間飛行場所属のCH53大型輸送ヘリコプターが東村の県道70号沿いの民間地に不時着し、炎上した。最も近い住宅から200メートルしか離れていない。一歩間違ったら大惨事になっていた。事故を起こしたヘリと同型機は、2004年に宜野湾市の沖縄国際大学に墜落している。昨年12月に名護市安部で発生した垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの墜落から1年もたたない。(10/12琉球新報)

またか、です。日本における米軍機関連の事故が、これまでにいったい何件発生してきたかというと:

沖縄県の統計では、1972年の本土復帰から2016年末までに県内で発生した米軍機関連の事故は709件で、墜落事故は47件。直近では16年12月に輸送機オスプレイが名護市安部の海岸に墜落して大破、米兵2人が負傷した。(中略) 民間地では復帰前の1959年に石川市(現うるま市)の宮森小学校に戦闘機が墜落し、児童11人を含む18人が死亡、210人の重軽傷者を出した。2004年には沖縄国際大の本館建物にヘリが接触、墜落し炎上した。(10/12沖縄タイムス+プラス)

こうした状況は沖縄だけのものではありません。一例を挙げましょう。2020年からオスプレイが東京の横田基地にも配備されます。そしてこれまで沖縄で行われていたような低空飛行訓練や空中での給油訓練が、首都圏でも行われるようになりまづ。つまり、沖縄で起こっているような墜落事故か首都圏で起きても不思議ではなくなるということです。

では、もしもあなたの住んでいる土地で墜落事故が起こったらどうなるか?

まず、米軍が墜落現場の周辺に黄色いロープを張るでしょう。すると日本人はその現場に入ることができなくなります。かろうじて入ることができるのは、米軍の許可を得た日本の警察だけ。米軍の許可がなければ日本人は誰ひとり入ることができません。そして立入禁止の黄色いロープが取り払われるのは、米軍による事故処理がすっかり終わり、証拠物件がすっかり持ち去られた後なのです。これが「植民地」の姿でなくて何だというのでしょう!

ともあれ、昨日の沖縄は明日の自分。こう認識しておいてちょうど良いのだと思います。

※引用参考データ:
2017/10/12琉球新報、沖縄タイムス+プラス、
矢部宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(2017)講談社現代新書

 
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法