2018年05月06日

166.アメリカの対日政策

『戦後史の正体 1945-2012』(2012)を書いた孫崎享さんは、執筆しながら3つの点を確認したという。以下、同書の「あとがき」より。

@米国の対日政策は、あくまでも米国の利益のためにある。日本の利益とつねに一致しているわけではない。

A米国の対日政策は米国の環境の変化によって大きく変わる。代表的なのは占領時代。当初、米国は日本を二度と戦争のできない国にすることを目的に、きわめて懲罰的な政策をとっていた。しかし冷戦が起こると、日本を共産主義に対する防波堤にすることを考え、優遇し始める。このとき対日政策は百八〇度変化した。そして多くの日本人は気づいていないが、米国の対日政策はいまから二〇年前、ふたたび百八〇度変化した。

B米国は自分の利益にもとづいて日本にさまざまな要求をする。それに立ち向かうのは大変なことである。しかし冷戦期のように、とにかく米国の言うことをきいていれば大丈夫だという時代はすでに二〇年前に終わっている。どんなに困難でも、日本のゆずれない国益については主張し、米国の理解を得る必要がある。
[『戦後史の正体』p366]

孫崎さん曰く。「戦後の日本外交は、米国に対する追随路線と自主路線の戦いであった」「米国からの圧力とそれへの抵抗を軸に戦後史を見ると、大きな歴史の流れが見えてくる」。

これまで米国からの圧力に抵抗を試みた政権はことごとく短命に終わっており、それを孫崎さんは本を通じて証明する。

是非ご 一読されたし。
posted by Lily at 10:34 | 政治と憲法
2018年04月29日

165. 日米関係の本当の姿

戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する「自主」路線と「追随」路線のことせめぎ合い、相克だったということです。

上記は元外務省情報局長で駐イラン大使や防衛大学教授などを務めた孫崎享さんの言である。20万部を超える大ベストセラー『戦後史の正体』(2012)の「はじめに」から引いた。ここで孫崎さんは、日本とアメリカの関係を将棋に例える。それが言い得て妙なのだ。こちらである。

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「米国は日本の同盟国として大切にしてくれている」
「いや、そうではない。米国は日本を使い捨てにしようとしているのだ」
日本では、よくそういう議論を聞くことがあります。でも、どちらも事実ではありません。正しくは、
「米国との関係は、そのときの状況によって変化する」ということなのです。

将棋の盤面を考えていただければよいと思います。米国は王将です。この王将を守り、相手の王将をとるためにすべての戦略が立てられます。米国にとって、日本は「歩」かも知れません。「桂馬」かもし知れません。「銀」かも知れません。ときには「飛車」だといってちやほやしてくれるかもしれません。それは状況によって変わるのです。

しかしたとえどんなコマであっても、国際政治というゲームのなかで、米国という王将を守り、相手の王将をとるために利用されることに変わりありません。状況しだいでは見捨てられることもあります。王手飛車取りをかけられて、飛車を逃す棋士はいないでしょう。一瞬のためらいもなく、飛車を見殺しにする。当たり前の話なのです。

対戦相手の王将も、ときにソ連、ときにアルカイダ、ときに中国やイランと、さまざまに変化します。それによって、日本も「歩」になったり、「桂馬」になったり、「銀」になったりと、役割が変わるのです。

日本のみなさんは、戦後の日米関係においては強固な同盟関係がずっと維持されてきたと思っているでしょう。そして日本はつねに米国から利益を得てきたと。とんでもありません。米国の世界戦略の変化によって、日米関係はつねに大きく揺らいでいるのです。

[孫崎享『戦後史の正体 1945-2012』(2012)pp. D- F]
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アメリカはいつだってアメリカファースト。トランプ氏は正直だ。
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年04月22日

164.「ゴリラに学ぶこと」(京都大学総長・山極寿一氏の言)

おもしろい話を聞いた。人間はゴリラに学ぶべきなのだそうだ。これをおっしゃるのは京都大学の総長でゴリラの研究で知られる山極寿一さん。かねてより山極先生はサルとゴリラをわけていて、サルよりゴリラになれと言っていた。

以下は『AERA』(2018.3.19)の「ゴリラの抑制力に学べ」から。トピックは北朝鮮問題である。読まれたし。

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――日本にも近い朝鮮半島で衝突も危惧されています。回避する手立てはあるのでしょうか。
 
ゴリラは喧嘩をすると仲裁者が入ることがあります。それは、力の弱いメスや子どものゴリラです。互いのメンツを保ち引き分けにして、共存することが目的だからです。そもそも力の強い者は、お互いが争えばともに大きな痛手を負うと分かっています。だから、なるべく戦わずに共存したいと思っている。米朝間でもそれを成り立たせてあげる国が必要なのです。
 
――その国とは?
 
 日本です。武器や戦争を放棄した日本が仲裁者になればいいのです。日本は無力な立場で世界の平和を訴えることができます。その日本が仲裁に入れば、米朝両国はメンツと誇りを失わずに引き下がります。まさに真の意味での仲裁だと思います。
 
――ただ、勝ち負けを決めないと平和は訪れないと考えている政治家たちもいます。
 
 力で平和を維持しようというのは、大きな間違い。私がゴリラや類人猿から学んできたのは「勝てば勝つほど孤独になっていく」ということです。相手は、自分に対してへつらってくれるけど、尊敬してくれているわけではありません。常に力を行使していないと自分の権力が守れない。そういう社会は、非常にギスギスして生きづらい。それは、平等より勝ち負けを優先するサルの社会に非常に似ています。現代の人間社会は、サル化し、自分の利益のために集団を作るサル社会に突き進んでいるように私には見えます。
 
――人間社会で戦争をなくすことは可能だと思いますか?
 
 それがゴリラに学ぶことです。そのためには死者の言葉を捨て、身体で触れ合うことです。最近ではイスラエルとパレスチナの高校生が他の国で一緒に勉強やスポーツをしたりしています。身体の感覚で付きあうことができれば、同じ人間であることを納得しあえるはずです。
 世界はそろそろ暴力とは別の手段で争いを解決すべきです。他の者から学ぶのは人間だけが持つ能力。ゴリラに学んで、争いのない世界にできると私は信じています。
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山極氏によれば「戦争は、人類の進化の歴史のなかで非常に新しい出来事」なのだそう。人類が武器を使い始めたのはせいぜい数千年前で、人類の歴史は700万年だから99.8%は戦争のない社会」という。ふむ。言われてみればそうであった。となると「最近」われわれホモサピエンスはどうかしちゃった、ということか。

※出典:[AERA 2018.3.19 No.13 p15 「ゴリラの抑制力に学べ」
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2018年04月15日

163.「自民党改憲案に反対する憲法研究者声明」

4月10日付で出された憲法学者らによる緊急声明。自民党案の改憲項目と問題点を把握する上で役に立つと思われるので、資料として収録しておくことにした。では。

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はじめに
  2018年3月25日、自由民主党は党大会を開き、党の憲法改正推進本部がまとめた条文案(「たたき台素案」)に基づいて@自衛隊の憲法9条への明記、A緊急事態条項、B参議院の合区解消、C教育の充実の追加の4つの項目で憲法改正を進めていくことを確認した。
わたしたち憲法研究者は、森友学園問題における公文書改ざん問題が明らかになった現在、自民党には、憲法改正案を提起する資格がないと強く主張する。昨年の衆議院議員総選挙がおこなわれた時には、すでに改ざんが行われていたのである。改ざんの事実が明らかになっていれば選挙結果も異なっていた可能性がある。さらにいえば、国会は憲法改正を進めるよりも先に、森友学園問題について明らかにする責務がある。憲法は、政治家をはじめとする公務員に対し、国家権力を真に国民のために使うよう義務を課す。森友学園問題では、まさに、国家権力が権力者のために使われたのではないかが疑われているのである。その全貌の解明なくして進められる憲法改正は、まさに、権力者のための憲法改正にならざるをえないであろう。
 次に、わたしたちは、日本国憲法が制定以来日本国の基軸として機能し、日本国民の幸福な生活のために役立ってきたと考える。日本を始め、立憲民主主義に基づく国家は憲法を前提として運営されるのだから、政治をおこなう上で具体的な不都合がないかぎり、憲法は変更されるべきではない。また、説得力ある明確な理由なくして憲法を変更することは、国民に対して思わぬ弊害をもたらす危険性もある。
 以下で、自民党による憲法改正提案がもつ問題点を指摘する。
 
9条改憲案の問題点
@の自衛隊を明記するという9条改正については、2項を残した上で、9条の2として、「必要な自衛の措置」のための「実力組織」として「自衛隊を保持する」という条文を追加するという案が有力視されている。
自衛隊を憲法で承認し、正式に合憲化することは、自衛隊員のためにも良いことだと考える人もいるかもしれないが、それは全く反対である。というのは、すでに、2014年7月1日の閣議決定によって、憲法解釈が一方的に変更され、この閣議決定にしたがって、2015年9月19日に安保法制が制定されているからである。自衛隊の憲法での承認は、安保法制によって集団的自衛権の行使が認められた自衛隊の承認を意味することに注意しなければならない。
集団的自衛権は、アメリカのベトナム戦争や旧ソ連のアフガニスタン侵攻など、強国による無用な軍事介入に利用されてきた。安保法制は、自衛隊がそのような軍事活動に参加することを意図するものである。戦力の保持を否定する現行9条の下では、安保法制が合憲と認められる余地はない。ところが、自衛隊を憲法に明記することになれば、安保法制を違憲とはいいづらくなる。つまり、憲法への自衛隊の追加は、安保法制の合憲化が真の目的なのである。自民党の9条改正の提案が実現すれば、自衛隊員は、危険な集団的自衛の仕事を正式にさせられることになるだろう。
 ところで、今回、自民党の憲法改正推進本部は、従来の政府解釈で採用されていた「必要最小限度の実力」ではなく、「必要な自衛の措置」を認める案をたたき台として打ち出していくようである。「必要最小限度」という文言がなくなることで自衛隊の活動に歯止めがかからなくなり、「必要な自衛の措置」には集団的自衛権の行使が当然に含まれることになる。したがって、この条文は、戦力の不保持、交戦権の禁止を定めた9条2項と正面から衝突する。戦力をもたないと宣言しながら、自衛のためには集団的自衛権行使を含む「実力」を行使できるというのである。この改憲によって、憲法9条2項は、全く意味をなさなくなるだろう。
他にも、自衛隊法7条では、憲法72条や内閣法5条の規定を受けて、「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」としているが、今回の自民党の提案では「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」としているため、行政権の主体が内閣であるという日本国憲法の構造と矛盾するおそれがある。この点で、自民党の9条改正の提案は、内閣総理大臣の下に、立法、行政、司法から独立した「防衛」という新たな国家作用を創設することになるのではないかという深刻な問題を内に含んでいるのである。
 
緊急事態条項の問題点
  Aの改正については、国会議員の選挙が困難な場合における任期延長と、災害において法律に代わる政令を認める真の意味での「緊急事態条項」との二つが提示されている。
  前者については、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」が仮に起ったとしても、国政選挙全体を不能にするということなどは通常考えられない。国会議員の選挙は、国民の意見を国政に反映させるための重要な機会である。安易に憲法で任期の延長を認めるべきではない。
  後者は、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」の際に、内閣が法律と同様の効力をもつ政令を制定できるとする。しかし、災害対策基本法など災害に対処するための法律はすでに存在している。これまでの災害の事例をみても、内閣が立法権をもっていればより効果的な災害対処ができたとはいえないだろう。
  また、緊急事態を憲法で承認する場合、自民党案のように、行政権が立法権を無条件に行使できるような規定にすることは大変危険である。ナチスの独裁は、ワイマール憲法の緊急事態条項を悪用することで可能になったということを思いおこす必要があるだろう。
  さらに、自民党案の緊急事態条項は、9条改正と密接な関係がある。今回の自民党案では「大地震その他の異常かつ大規模な災害」となっているが、国民保護法には「武力攻撃災害」への対応規定があり、武力攻撃と災害とが明確に区別されていない。したがって、自民党提案にある緊急事態条項があれば、他国と武力衝突が起きたときに、政令のみで国民の権利を制限することができるようになる。緊急事態条項は、9条改正とともに、戦争を準備し、そのために国民を動員することを可能にするのである。
 
参議院の合区解消規定と教育の充実規定の問題点
Bの合区の解消には参議院選挙区の定数を増やしたり、選挙区選出をやめて比例代表に一本化するという方法もあり、必ずしも憲法改正による必要はない。
また、合区を解消するために憲法改正が必要だとしても、それは、47条を変更するだけではすまないはずである。そもそも、この問題は、参議院に「地方代表」的な性格を与えようとしたとき、憲法43条の「全国民の代表」規定と矛盾するという大きな論点と関わるものである。また、参議院に「地方代表」的な性格を明確に与えることは、衆議院と参議院との関係をどう考えるべきかという、二院制に関する大きな問題に発展せざるをえない。さらに、具体的に提案された条文をみると、衆議院議員の投票価値の平等の憲法判断に影響を与える可能性もある。これらのことを考慮せず、合区を解消するために憲法47条を変えようというのは、いかにも場当たり的な発想であり、国民に提案されるに値するだけの真摯な検討を経ていないと言わざるを得ない。
Cの教育の充実に関しては、経済的理由による教育上の差別の禁止や国の教育環境整備義務は、現行の26条から当然に導かれる内容であり、憲法を改正する必要はない。反対に、国の義務を憲法に明示することによって、教育内容に対する国の不当な干渉を導く危険性もある。ちなみに当初議論されていた、高等教育の無償化も、その気さえあれば法律で十分実現可能である。また、憲法89条の私学助成問題解消のための改正も、これまで憲法学界も政府も解釈で対応し、大きな問題となっていたわけではない。
 
おわりに
 憲法改正の提案は、真摯になされなければならない。自民党の憲法改正の提案は、内容においても、また、時期的にも、国民に提案されるだけの真剣さが足りないと言わざるをえない。わたしたちは、自民党の憲法改正の提案に強く反対する。
 
2018年4月10日
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posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年04月08日

162.『映画 日本国憲法』監督 ジャン・ユンカーマン氏の言葉から

以下は『映画 日本国憲法 読本』のあとがきからの抜粋である。ジャン・ユンカーマン氏は1992年米国ミルウォーキー生まれ。自国を「取るに足らないような口実をでっち上げて頻繁に戦争に走り悲惨な結末を招く」と評するこの人物が、我々の改憲問題をどう見ているか、非常に興味深いところである。

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憲法変えることは、本来、その国独自の問題である。しかし現時点における改憲は、いやおうなくほかのニつの現実と結びついてくる。一つは日米同盟。もう一つは日本とアジア諸国との関係である。改憲論者は「集団的自衛」といった、あいまいで穏便な言葉を使う。日本は「普通の国家」に生まれ変わるべきだと主張する。しかし、彼らが望んでいるのは、日本がふたたび戦争を行えるようになることだ。そして、取るに足らないような口実をでっち上げて頻繁に戦争に走り(アメリカ人である私にとっては慙愧に耐えない現実だが)、悲惨な結末を招くアメリカと足並みをそろえて戦うことなのである。

歴史は歩み続け、時の流れはどんどん戦争から遠ざかる。しかし流れゆく先には、紛争の平和的な解決や人権の拡大、つまり日本国憲法の精神があるはずだ。日本国憲法は、それが公布された時点では先駆的な文書であったし、私たちが今回の取材で再確認したように、いまも世界中の人々が求めて止まない理想を示している。日本にとって、この時期にそれを捨て去ることは、歴史の潮流に逆らう行為だ。

[『映画 日本国憲法 読本』pp263-265(2005)有限会社フォイル]
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年04月01日

161.韓洪九(ハン・ホング)さんの憲法観

韓洪九さんは1959年ソウル生まれ。「平和博物館の建立や良心的兵役拒否の運動などに関わるなど、韓国現代史を見直す活動を積極的に行い、心身の歴史家として注目される」というお人である[p43]。筆者は常日頃から日本人ではない人々がわが国の憲法をどう見ているかに相当な関心を抱いている。さらには、関心を抱くにとどまらず、彼らの考え方を多くの人に知らせたいとも思っている。そうした理由から、今回は韓洪九さんの憲法観を紹介することにする。以下、読まれたし。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
戦争を起こした日本が、その過去とどれだけ断絶しているのか。アジアの人々は、日本は過去と断絶していないのではないかと不安を抱きながらも、その不安を抑えることができたのは平和憲法があったからであり、それによって日本に対する根深い不信感をやわらげることができていました。しかし、その憲法の構造がいま、崩れようとしているのです。

靖国問題も、単なる追悼のための施設ではなく戦争を正当化する施設だから皆反対しているのです。A級戦犯14名がそこに合祀されている、ということだけで反対をしているわけではありません。戦争を起こした過去と断絶していない日本が、この9条をなくし、歴史を正当化し、何の妨害もなく海外に軍隊を送ることができたり、自衛軍を持てば、周辺の国が持つ不安感は増幅するでしょう。

より憂慮される状況は、日本の隣国事情もそれぞれ変わっているということです。かつて日本が戦争を起こしたときの隣国とは、隣国自体も変わっています。南北朝鮮、いまは分断されていますが、それぞれ両方が無視できない軍事力を持っています。19世紀末の侵略を受けた時とは違うわけですね。中国も19世紀末のあの中国ではありません。ロシアも20世紀のはじめに日露戦争で日本に負けたロシアではありません。

日本国憲法の崩壊は韓国、北朝鮮、中国、ロシアの軍備増強を招くことでしょう。日本の改憲が、自衛隊を自衛軍とするにとどまったとしても、心理的に他国に与える影響は、多大なる軍備増強をもたらすことになると思います。
[pp.236-237]
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

そうなのだ。わが国の改憲が他国に与える「心理的影響」の影響だって、ちゃんと想像しておかななくちゃならない。そう思った。


※引用参考データ:『映画 日本国憲法 読本』pp138-140(2005)有限会社フォイル
posted by Lily at 16:20 | 政治と憲法
2018年03月25日

160.ベアテ女史の憲法観

親日派のアメリカ人であるベアテさん曰く。「第9条は全世界のために必要であると考えます。だから変えないで、ほか国々にも教えて、モデルとして認めてもらい、それぞれの国の憲法にも入れたらいいのではないかと思うんです」「日本が平和の指導者になればいいと思うんです」

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ーーーーーよく日本の憲法が占領軍に押しつけられたというように批判されますが、それについてどう思いますか。

ほかの人に何かを押しつけるときにですね、自分のものよりいいものを押しつけないでしょ。日本の憲法はアメリカの憲法よりすばらしい憲法ですから、「押しつけた」とは言えないだろうと思います。日本の国民はほんとうに喜んで受けました。前からそういう権利を望んでいたんです。男性もそうだった、明治憲法には男性もあんまり権利がなかったんですよね。女性はもちろん全然金がなかったですけど。男性もずいぶん困っていましたよ。だからほんとうに日本の国民が権利を望んでいたっていうことはよくわかりました。

もう一つ、外から来た憲法であるから改憲しなければならないと思う人たちがいますが、日本は歴史的にいろんな国からいろんなものを導入し、それを自分のものにして、もっといいものにしたこともずいぶんありますね。たとえば中国から漢字が来ましたでしょ。仏教はインドと中国から。そして陶器、雅楽などがありますね。みんな外から来て日本のものになりました。だからいい憲法だったらそれを受けて、いいように使えばいいじゃないかって私は思うんです。

ーーーーー第9条を米軍から押しつけられたということで、いま改憲の対象になっているんですけれど、それについてどう思いますか。

第9条は全世界のために必要であると考えます。だから変えないで、ほか国々にも教えて、モデルとして認めてもらい、それぞれの国の憲法にも入れたらいいのではないかと思うんです。いまは、チャンスです。日本が平和の指導者になればいいと思うんです。いまはどこに行っても戦争が起こっているので、新しい考え方で、何かしなければならないと思います。恐ろしくなりますよ。ほんとうに。「わあ、危ない、危ない」ていう感じなんですよね。
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※引用参考データ:『映画 日本国憲法 読本』pp138-140(2005)有限会社フォイル
posted by Lily at 14:16 | 政治と憲法
2018年03月18日

159.「女性の権利」を書いたベアテ女史ー憲法第24条ができるまでー(3)

ベアテ・シロタ・ゴードンさんは1945年12月に再来日し、翌年2月に憲法草案を作成した。その当時の女性たちの様子が以下のインタビュー記録にのこされている。

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ーーーーー東京に着いたときには、街を見てだいぶショックを受けたでしょう。

ええ、ショックだった。ほんとうに全部破壊されていました。残ったビルは、第一生命と日比谷のそばの建物だけだった。とても悲しかった、店もあんまりなかったので、ものを買うために長い行列ができ、2時間も3時間も待たなければならなかった。そして女性が子どもをおんぶしてそこに立っている。たいへんでした。

ーーーーーそういう食料も住宅もないところで、いろいろな政党を作ったり民主主義に参加しようという精神があったんですか。

ええ、ありました。ほんとうに驚きました。女性がすごく強い精神と体をもっている感じだったんです。加藤シヅエといった人たちが、政治的なことについて興味をもって、女性たちを集めていました。私の記憶では、女性のほうが男性よりすごかったと思います。1945年の12月の頃は、女性の方がいろんなことをやってみて、食料とかいろんなものを集めるために何でも一生懸命やっていました。男性もやっていたと思いますが、目立ったのは女性でした。

ーーーーー憲法の草案を作成したのは、そういう雰囲気のなかなんですね。

そうです。極秘だったから、私たちは日本の女性と話すことができなかったんです。しかし運営委員会が、社会党や日本憲法研究会など、いくつもの草案を集めていたんです。ケーディス大佐などはそれを見ていた。だからいろんな意見が、彼らのもとに入ったんです。しかし女性の権利については誰も何も私に言わなかった。ほんとうに自分でやらなければならなかったんです。日本の女性はまったく権利がなかったから、権利を作るのはそんなにむずかしくなかった。でも、日本では1885年から婦人参政権の運動が始まっていた。だから参政権をもらいたいっていうことも、ずいぶんいろんな女性の心にあったんです。運動もありました。市川房枝先生に加藤シヅエ先生たちがいました。だからあの人たちの声も草案には少し入っています。日本の方とその1週間の間に話すことができませんでしたが、あの人たちが期待していることはよくわかりました。
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日本では1885年から女性たちの参政権を求める運動が始まっていた。そうした女性たちの声を、ベアテさんは憲法に反映させようと第24条を起草した。この条項を見た当時の日本政府は女性の権利に強く反対した。しかし、ベアテさんが起草した第24条は、GHQによってのこされた。日本国憲法草案が新聞で発表されると、日本国民の多くはこれを歓迎した。そして戦後初の普通選挙で選ばれた女性議員を含む国会で審議され、日本国憲法は成立した。結婚は当事者である男女の合意だけで成立することになった。また、家族内で男の子と女の子が平等となった。

改めて。
第24条【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】
@ 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
A 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

※引用参考データ:『映画 日本国憲法 読本』pp136-138(2005)有限会社フォイル 、
「シリーズ 今、憲法が危ない!D 日本国憲法第24条―女性の権利―について(その1)」
posted by Lily at 16:30 | 政治と憲法
2018年03月11日

158.「女性の権利」を書いたベアテ女史ー憲法第24条ができるまでー(2)

「日本の女性は戦争前には全然権利がなかったでしょ。だから私はできるだけいろんな権利のことを憲法に書きたかったんです」。ベアテ女史の言である。

1923年生まれの彼女は5歳半の時にピアニストの父親とともに来日。戦前は日本の子供たちと遊び、互いの家に行き来するなど日本の生活を体験し、日本語を習得した。1939年に単身でアメリカに渡り、カリフォルニアの女子大へ。終戦後の1945年の12月、日本にいる両親に会うためGHQ民政局に職を得て再来日。翌年2月、マッカーサー元帥の命令により憲法草案作成に携わることになる。この大仕事に親日派のベアテ女史はどのようにとり組んだのか。以下は彼女自身が語る当時の模様である。

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憲法を書くのだったら、何か参考にしなければならないと思い、すぐジープに乗っていろんな図書館を探しました。ほかの国のいろいろな憲法を見たかったんです。リサーチのために。ほんとうに東京は破壊されていたので、どこへ行ったかは全然覚えていません日本人の運転手が図書館を探してくれたんです。あまり建物がなかったからたいへんだったと思います。なぜいろんなところへ行ったかというと、1カ所の図書館だけに行くと、館長さんがなぜ司令部の代表がそんなに憲法に興味があるのかと疑うかもしれないからです。これは極秘でしたからね。あっちい行って2冊だけ借りて、今度はほかのところへ行って。10冊くらいありました。ドイツのワイマール憲法とソビエトの憲法とスカンジナビアのいろんな国の憲法など。本を事務所に持って帰ると、引っ張りだこになりました。みんな見たがりました。ほかの草案を書いている人も参考になるので、みんなに貸してあげました。

朝から晩まで憲法を読んでびっくりしたのは、ヨーロッパの憲法には基本的な自由だけじゃなくて、女性のために社会福祉の権利も入っていたんです。それはアメリカの憲法にはなかった。でもヨーロッパの憲法にはずいぶんたくさんあったんです。私はいろんな憲法をよく見て、何が日本の社会に合うか考えました。日本の女性は戦争前には全然権利がなかったでしょ。だから私はできるだけいろんな権利のことを憲法に書きたかったんです。社会福祉の権利のことも入れたかったんです。
(pp.130-131)
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「日本の女性は戦争前には全然権利がなかった」ことを、ベアテ女史はその目で見て知っていた。日本の妻たちは夫のためにいろいろな世話をする。夫が会社から同僚を連れ帰ると食事を出す。妻が全てをやり、サービスをし、会話には立ち入らず、一緒に食べることはしない。家の外では夫より前には出ず、後ろをついて歩く。「私は日本の社会のなかに入っていたから、女性が圧迫されていることを自分の目で見ていました」(p.133-134)。こうした経験が大きく影響したのだろう、ベアテ女史は男女平等について非常に関心をもっていたそうだ。

男女平等。今ではすっかり当然視されている。もちろん概念の上での話であるが。

あらためて憲法第24条である。

第24条【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】
@ 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
A 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。


※引用参考データ:『映画 日本国憲法 読本』(2005)有限会社フォイル
東京都公立学校教職員組合「シリーズ 今、憲法が危ない!D 日本国憲法第24条―女性の権利―について(その1)
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2018年03月04日

157.「女性の権利」を書いたベアテ女史ー憲法第24条ができるまでー(1)

ベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon:1923-2012)。日本国憲法GHQ草案作成メンバーで、憲法第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)を書いたとされる人物である。

ベアテさんいわく「日本の女性は戦争前には全然権利がなかったでしょ。だから私はできるだけいろんな権利のことを憲法に書きたかったんです」(『映画日本国憲法読本』p131)。
実際、大日本帝国憲法(=明治憲法)の下では、女性の権利など無いに等しかった。以下、ご参考までに見られたし。

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大日本帝国憲法下の明治民法では、「戸主」を頂点とする家制度が定められていました。戸主権は長男が相続し、女性と長男以外の男性は差別されました。結婚は家と家の間のもので、女性は結婚式で初めて夫の顔を見ることさえ珍しくありませんでした。結婚した女性は、一切の決定権を持たない「無能力者」として扱われ、自分の財産も持てず、選挙権もありませんでした。妻妾同居さえありました。子どもの教育権もなく、学校では、母親が来るのに「父兄会」と言っていました。母親は父や兄(長男)の代理にすぎなかったからです。
(2013/06/28「東京都公立学校教職員組合」のホームページ:「シリーズ 今、憲法が危ない!D 日本国憲法第24条―女性の権利―について(その1)」)
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ベアテさんが書いた「女性の権利条項」たる24条はGHQの憲法草案に受け入れられ、これが新聞で発表されると、日本国民の多くが喜んだ(日本政府の方は強く反対していたが)。

24条を含むこのGHQ草案。選挙で選ばれた議員による国会で審議された後、日本国憲法として成立した。

あらためて憲法第24条である。

第24条【家族生活における個人の尊厳と両性の平等】
@ 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
A 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。


※引用参考データ:『映画 日本国憲法 読本』(2005)有限会社フォイル
東京都公立学校教職員組合「シリーズ 今、憲法が危ない!D 日本国憲法第24条―女性の権利―について(その1)

posted by Lily at 19:23 | 政治と憲法