2018年11月18日

194.「沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件」

憲法と日米地位協定は両立しない。憲法に保障されているはずの人権が、日米地位協定によってないがしろにされているのだ。この協定がいかにわが国の主権を侵害したものであるかについては、過去の米軍がらみの事件から明らかである。その代表的な事件が「沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件」である。以下、前泊博盛編『本当は憲法より大切な日米地位協定入門』p30-p34から。


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ここで日米地位協定を語るうえでもっとも有名な、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事件について説明しておきましょう。

2004年8月13日午後2時17分、その沖縄国際大学の本館ビルに、米軍のCH53D大型ヘリが墜落し、爆発炎上しました。ヘリは墜落直前から壊れ始めており、墜落現場の沖縄国際大学とその周辺の商業ビルや民家には50か所以上にわたり、多数の部品が飛散しました。

猛スピードで飛び散ったヘリの部品は、バイクをなぎ倒し、中古車ショップの車を破壊し、民家の水タンクに穴を開け、マンションのガラスを破り、乳児が眠る寝室のふすまに突き刺さりました。大事故にもかかわらず怪我人が出なかったのは、「奇跡中の奇跡」と、だれもが口をそろえてくり返すほどの大事故でした。

さらに人びとに大きなショックをあたえたのは、事故直後、隣接する米軍普天間基地から数十人の米兵たちが基地のフェンスを乗り越え、事故現場の沖縄国際大学構内になだれこんだことです。彼らは事故現場を封鎖し、そこから日本人を排除しました。

沖縄県のテレビや新聞は「米兵が事故現場を制圧」という言葉で報道しましたが、まさにそのとおりの状況でした。米兵たちは捜査にあたる沖縄県警の警察官を事故現場に入れず、マスコミの取材活動も威圧して排除しようとしました。現場を撮影したテレビ局の取材ビデオさえ、力づくでとりあげようとしたのです。

琉球朝日放送の撮影したビデオがなんとか没収をまぬがれたのは、近くにいた市民や学生が協力してテレビ局のカメラマンを逃がしたからでした。

この映像を見ると、どんな日本人でも怒りにふるえることはまちがいありません。自分たちが事故を起こしておきながら、現地の警察を排除し、取材する記者から力ずくでビデオをとりあげようとする米兵たち。私たちが普段、テレビドラマや映画のなかだけでしか見たことのない、植民地同然の風景がそこに展開されているからです。

この事故は、住宅密集地にある普天間基地の危険性を、まざまざと見せつけるものでした。同時に、一般の民間地、しかも大学構内の事故現場が米軍によって封鎖され、日本の警察も市民も立ち入れないという、まさに植民地同然の事故処理が行われたことで、人びとに大きなショックをあたえました。さすがにその後の国会審議もふくめて、このときは日米地位協定の問題点が大きくクローズアップされています。

この事件が証明したように、沖縄の米軍と米軍基地は、日本国内にありながら一種の「治外法権」をあたえられています。なぜこうした信じられないような行動が許されるのか。米軍ヘリが墜落して日本の私有地で事故が起きているのに、なぜ日本側の捜査権が制限されてしまうのか。

それは1953年に結ばれた「事実上の密約」を受けつぐ形で、1960年に日米地位協定が結ばれたときに日本とアメリカの全権委員が次のような合意をしているからなのです。

日本国の当局は、(略)合衆国軍隊〔米軍〕の財産について、捜査、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない」(「日米地位協定についての合意議事録」1960年1月19日、ワシントン)

ですから墜落した機体の破片も「米軍の財産だ」と言われてしまうと、それ以上強くでることができないのです。
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なぜ、われわれ日本国民は、とうの昔に合意されたこんな不平等な約束ごとに、従わさせられねばならないのだろうか? 個々人の力は小さくとも、国民ひとりひとりが声を大にし世論を喚起することによって、日米両政府にこの協定の見直しを迫ることは、じゅうぶん可能だと思うのだが。
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法