2018年04月22日

164.「ゴリラに学ぶこと」(京都大学総長・山極寿一氏の言)

おもしろい話を聞いた。人間はゴリラに学ぶべきなのだそうだ。これをおっしゃるのは京都大学の総長でゴリラの研究で知られる山極寿一さん。かねてより山極先生はサルとゴリラをわけていて、サルよりゴリラになれと言っていた。

以下は『AERA』(2018.3.19)の「ゴリラの抑制力に学べ」から。トピックは北朝鮮問題である。読まれたし。

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――日本にも近い朝鮮半島で衝突も危惧されています。回避する手立てはあるのでしょうか。
 
ゴリラは喧嘩をすると仲裁者が入ることがあります。それは、力の弱いメスや子どものゴリラです。互いのメンツを保ち引き分けにして、共存することが目的だからです。そもそも力の強い者は、お互いが争えばともに大きな痛手を負うと分かっています。だから、なるべく戦わずに共存したいと思っている。米朝間でもそれを成り立たせてあげる国が必要なのです。
 
――その国とは?
 
 日本です。武器や戦争を放棄した日本が仲裁者になればいいのです。日本は無力な立場で世界の平和を訴えることができます。その日本が仲裁に入れば、米朝両国はメンツと誇りを失わずに引き下がります。まさに真の意味での仲裁だと思います。
 
――ただ、勝ち負けを決めないと平和は訪れないと考えている政治家たちもいます。
 
 力で平和を維持しようというのは、大きな間違い。私がゴリラや類人猿から学んできたのは「勝てば勝つほど孤独になっていく」ということです。相手は、自分に対してへつらってくれるけど、尊敬してくれているわけではありません。常に力を行使していないと自分の権力が守れない。そういう社会は、非常にギスギスして生きづらい。それは、平等より勝ち負けを優先するサルの社会に非常に似ています。現代の人間社会は、サル化し、自分の利益のために集団を作るサル社会に突き進んでいるように私には見えます。
 
――人間社会で戦争をなくすことは可能だと思いますか?
 
 それがゴリラに学ぶことです。そのためには死者の言葉を捨て、身体で触れ合うことです。最近ではイスラエルとパレスチナの高校生が他の国で一緒に勉強やスポーツをしたりしています。身体の感覚で付きあうことができれば、同じ人間であることを納得しあえるはずです。
 世界はそろそろ暴力とは別の手段で争いを解決すべきです。他の者から学ぶのは人間だけが持つ能力。ゴリラに学んで、争いのない世界にできると私は信じています。
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山極氏によれば「戦争は、人類の進化の歴史のなかで非常に新しい出来事」なのだそう。人類が武器を使い始めたのはせいぜい数千年前で、人類の歴史は700万年だから99.8%は戦争のない社会」という。ふむ。言われてみればそうであった。となると「最近」われわれホモサピエンスはどうかしちゃった、ということか。

※出典:[AERA 2018.3.19 No.13 p15 「ゴリラの抑制力に学べ」
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法