2018年01月07日

149.歴史の蹉跌を繰り返しはならない(なぜ「満州事変」なのか)

明仁天皇は、平成元年(1989年)1月9日の即位後の朝見の儀(ちょうけんのぎ)で述べられた。

「ここに皇位を継承するに当たり、みなさんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓います」

今の日本国憲法に対する強い思いが感じられよう。その明仁天皇、3年前の元旦、すなわち平成27年(2015年)1月1日に、以下のように述べておられる。

「本年は終戦から70年という節目の年に当たります」「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、いま、極めて大切なことだと思っています」

なぜ「満州事変」なのか。これを聞いた当時の筆者は思った。なにゆえに「満州事変に始まるこの戦争の歴史」なのか。陛下があえて「満州事変」に言及されたご意図は何なのか。あえて「満州事変」に言及されたからには、なにかしら深い意味があるに違いない。そう、筆者は考えた。

(この後、このブログで満州事変以降の戦争史について取り上げることにし、実際、書いた。気が向いたらご参照されたし。ただし、お断りしておくが、あくまでも1つの見方である。よって鵜呑みにしない程度に読まれるのがよろしかろうと思うところである)

お言葉から3年経った新年。改めて「満州事変」をみておくとしよう。ここでは矢部宏治さんを拝借する。矢部氏によれば「満州事変」を一言で言うなら:

海外に住住する軍隊(関東軍)が、本国の指令を聞かずに暴走し、勝手な謀略(自分たちで南満洲鉄道の線路を爆破しながら、それを中国人による犯行としました)をめぐらして、海外の広大な領土(「満州」/現在の中国・東北地方)を占領したという出来事。この無法な軍事行動を境に、日本は満州国の建設、国際連盟の脱退、日中戦争、三国同盟、真珠湾攻撃と、破滅への坂道を転げ落ちていくことになった。
(『戦争をしない国』p85)

ふむふむと改めて思うのだ。戦後70年という節目の年の年明けに、明仁天皇がなぜわざわざ「満州事変」に言及されたのか。ひとつには、当時の憲法(これは大日本帝国憲法とも明治憲法とも呼ばれる)がこうした軍の暴走を許してしまったことに対する、国民への注意喚起であったと思われる。

われわれは歴史に学ぶべきだ。過去に生きた人々の成功にも失敗にも学ぶべきだ。先人たちの功績にも汚点にも学ぶべきだ。良いものはならえばよい。悪いものは反面教師とすればよい。

悲しいかな、何百年たっても人間は同じような失敗を繰り返す。しかしそろそろ抜け出してもいい頃だ。歴史の愚を繰り返したその先に待っているのは何なのか、真剣に考えていい頃だ。私たちは時に立ち止まって歴史に学ぶべきである。歴史の蹉跌を繰り返してはならない。


※引用参考データ:矢部宏治『戦争をしない国 明仁天皇のメッセージ』(2015)小学館
posted by Lily at 11:52 | 政治と憲法