2017年07月09日

123.国民「全体の」奉仕者です

憲法第15条の2項にこうあります。
2 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

つまり、すべての公務員は、全体の奉仕者なのだから、国民みんなのために存在することを意識していなければならないのであって、間違っても一部の人たちを「こんな人たち」と呼び、その反対側を「私たち」と呼ぶなどして、「全体(国民みんな)」を分け隔てたりしてはいけないように思うのですが。それにそもそも「こんな人たち」という言い方は時に悪意を感じさせるもの。安倍首相は都議選前日の7月1日に、秋葉原駅前で応援演説に立ち、聴衆から「安倍辞めろ!」の声が飛ぶと、選挙カーの上からその声の方を指さしてこう言いました。

「皆さん、あのように、人の主張の、訴える場所に来て、演説を邪魔するような行為を私たち自民党は絶対にしません!私たちはしっかりと政策を真面目に訴えていきたいんです!憎悪からは、何も生まれない。相手を誹謗中傷したって、皆さん、何も生まれないんです。こんな人たちに、皆さん、私たちは負けるわけにはいかない!都政を任せるわけにはいかないじゃありませんか!」。

(念のために申し添えますと、「自民党総裁としての立場で言った」のかもしれませんが、聞くところによると、垂れ幕には「内閣総理大臣」と書いてあり、しかも司会の石原伸晃議員は「ただいま、安倍総理が到着しました」と紹介したそうですから、やはり公務員である総理大臣としての発言と言うべきでしょう)。

こちらは東京新聞のコラムです。

▼指示語のこれ、あれ、それ、どれ。なにかを指し示しているだけでそこには判断も感情も含まれないのだが、形容動詞の「こんな」「そんな」「あんな」になると話はやや違ってくる▼「こんなことも分からないのか」「そんなばかな」。「こんな女に誰がした」(「星の流れに」)。なぜか、否定の評価や嫌い、気に入らぬという意味や感情が強くなる▼「こんな人たちに負けるわけにはいかない」。首相の先の演説での発言である。「帰れ」「やめろ」と首相を批判する聴衆にそう叫んだ言葉が頭を離れぬのは「こんな」の冷たさのせいだろう▼批判に腹が立ったか。それでもすべての国民を守るべき首相が反対派であろうと国民に向かい、悪意のこもる「こんな人たち」を使った。それが寂しい▼異論に首相が取り組むべきは説得であり、少しでも理解を得ること。「こんな」と呼ぶことは相手にせぬと切り捨てるに等しいだろう。(7/5の東京新聞「筆洗」より)

どうか全体の奉仕者であることをおわすれなきようお願いいたします。


※引用参考データ:7/5東京新聞、
7/3江川紹子「『こんな人たち』発言にみる安倍自民の本当の敗因」
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法