2017年01月22日

99.太平洋戦争へ(8)

「玉砕(ぎょくさい)」という言葉があります。
「玉が美しく砕けるように潔く死ぬことは美しい」
とこのように死を美化するこの言葉の始まりは
1943年5月30日、アッツ島の戦いでした。
日本軍守備隊が全滅したことを
大本営が発表する際に「玉砕」という言葉が使われ、
部隊が全滅する度に用いられるようになったそうです。
(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

「ダンピール海峡の悲劇」の後、日本軍は北方作戦で
アリューシャン列島のアッツ島を占領。
米軍はこれに反撃をします。
この時に日本の兵力は底をついていて、
大本営は増援を送るのを断念、
その代わりにアッツ島にいた兵士たちに
「玉砕せよ」との命令を出します。
アッツ守備隊は文字通り玉砕、つまり全滅します。
タワラ島、マキン島玉砕、マリアナ沖海戦敗退。
米軍は圧倒的兵力でサイパンに上陸し、
大本営はサイパンを放棄したのですが
現地の日本軍はそのことを知らず、
最後の総攻撃「バンザイ突撃」を敢行します。
しかし米軍に大した被害を与えることなく
日本軍は壊滅。
残された邦人は海の崖から
「万歳」を叫びながら身を投げました。
この場所がかの有名な「バンザイクリフ」です。

※引用参考データ:『爆笑問題の戦争論』幻冬舎、
『ブリタニカ国際大百科事典』
posted by Lily at 18:59 | 政治と憲法