2016年12月11日

93.太平洋戦争へ(4)

「理念」は崇高だったかもしれません。
アジア諸国の独立を目指していたのですから。
でもこの戦争がアジア諸国に残したものは
日本に対する憎しみでした。
以下、『爆笑問題の戦争論』より。

この戦争で
日本が崇高な理念として掲げたのは
「大東亜共栄圏」という思想でした。
これは西欧に支配されているアジア諸国を
解放して独立させて、
アジアの新しい秩序を建設する、
というようなことです。
この日本の思想は、
日本にとっても、
アジアの国々にとっても
理想的な考え方のはずでした。
でも戦争を経て、その後も
日本周辺のアジアの国々に
日本に対する「憎しみ」が多く残った。
ということは、この戦争中
日本が現地で行ったことが、
その理想とはかけ離れた、
残虐な行為だったからでしょう。

ドイツが西部戦線で
オランダ、フランスを降伏させると、
その植民地だった東南アジアへ
日本は進出していきます。
日本軍はインドネシアをオランダから解放し、
投獄されていた独立運動の指導者の
スカルノやハッタを解放します。
民衆は最初日本軍を歓迎しましたが、
すぐにそれが幻想であると知ります。
日本軍は民族運動を厳しく取り締まり、
反抗すれば投獄の上、
拷問、殺害しました。
それはオランダの植民地支配よりも
もっと過酷なものでした。

※引用参考データ:
『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎


posted by Lily at 15:13 | 政治と憲法