2016年12月04日

92.太平洋戦争へ(3)

この戦争が始まる当時、
日本の情報はアメリカに筒抜けでした。
「アメリカから見たら日本は、
片手に拳銃持ちながら、もう片方の手で
握手しようとしているようなもん」
という太田光さんの例えは的確だと思います。

開戦はいよいよ決定的となりました。
国務長官ハルからの最後通牒(つうちょう)である、
有名な「ハル・ノート」が提起されたのです。
しかしこの戦争は全く大義のない戦争でした。
東条は当時天皇から
「この戦争の大義名分をいかに考えるか」と質問され、
「目下研究中」と答えたといいます。
そして、いよいよ日本は真珠湾攻撃を実行します。
本来は攻撃の30分前にアメリカに
交渉打ち切り通告を手渡す予定でしたが、
大使館の手違いで野村大使がハル長官に渡したのは
攻撃の1時間後でした。
しかしたとえ30分前に渡したとしても、
この攻撃が奇襲であることに変わりはなく、
この通告なしの奇襲は、だまし打ちとして
アメリカ国民を怒らせました。

日本はマレー上陸作戦、マレー沖海戦、
フィリピン攻略戦、シンガポール攻略戦、
蘭印資源獲得作戦、援蔣ルート遮断、
インド洋作戦、と快進撃を果たします。

しかしその後、ポートモレスビー攻略作戦では失敗し、
珊瑚海海戦では多くの飛行機と熟練搭乗員を失います。
そしてミッドウェー海戦で、
日本機動部隊壊滅。
一転して敗戦への道を進み始めました。

※ 爆笑問題著『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎 より
posted by Lily at 09:56 | 政治と憲法