2016年10月16日

85.ノモンハン事件 

文民統制(シビリアン・コントロール)。
よく耳にするかと思います。
これぞ、かつての軍の暴走を踏まえての仕組み。
「ノモンハン事件」、軍の暴走がここにもです。

ノモンハン事件(1939年)は
長引く日中戦争の状況下で起きました。
満州国とモンゴル(外蒙古)の国境ノモンハンで
日ソ両軍が大規模な武力衝突をしたのです。
もともと日本は満蒙の国境をハルハ河とし、
ソ連は北方ノモンハン付近としていました。
つまり国境の認識が日ソ両国で違ってたのですね。
そんなわけでしたから、ノモンハン付近で
ハルハ河を越えた外蒙軍と日本の満州国軍が衝突。
日本は外蒙軍を一時撃退しましたが、
外蒙軍にソ連軍が加わり反撃。
日本軍はソ連軍の優勢な火力と戦車の反撃を受け
苦戦することになりました。
これは日中戦争の最中のこと。
日ソ戦争に拡大することを恐れた大本営は
不拡大方針を決め、
政府も、平和的解決の方針を定めましたが
日本の関東軍はこれらを無視。
さらに攻勢をかけ、これに失敗してもなお
兵力の増強を図り、さらなる攻勢を準備。
こうした軍の暴走によって、
日本は壊滅的な打撃を受けることに。

※引用参考データ:デジタル大辞林、世界大百科事典、
『爆笑問題の戦争論』、
『防衛庁戦史室編『戦史叢書・関東軍(1)』(1969・朝雲新聞社)』
in 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説



posted by Lily at 19:32 | 政治と憲法