2017年12月31日

148.笑いの力

これは記録にのこしておきたいと思った。12月17日放送『THE MANZAI 2017』のウーマンラッシュアワーである。以下の「村本」は村本大輔さん。「中川」は中川パラダイスさんである。引用元はcitizenopinion。ここから拝借した。ではご覧あれ。

村本:福井県の大井町、知っていますか? 大飯原発がある大飯町です。
中川:あー、ニュースであるよねー。
村本:原発の町、大飯町です。大飯町の隣は高浜町、高浜原発。その隣は美浜町・美浜原発。その隣は敦賀のもんじゅ。小さい地域に原発が4基あるんです︎。しかし、大飯町には夜の7時以降にやっている店がないんです! 夜の7時になったら町真っ暗になるんです! これだけ言わせてください電気はどこへゆく〜!!!

中川:小池百合子が大切にしていることは?

村本:都民ファースト

中川:都民ファーストなのにどうした?

村本:希望の党を作った

中川:希望の党を作ったということは?

村本:国民ファーストを目指した

中川:でも希望の党が負けるとわかったら?

村本:代表を降りた

中川:だから結局あの人はただの?

村本:自分ファースト

中川:現在沖縄が抱えている問題は?

村本:米軍基地の辺野古移設問題

中川:あとは?

村本:高江のヘリパッド問題

中川:それは沖縄だけの問題か?

村本:日本全体の問題

中川:東京で行われるオリンピックは?

村本:日本全体が盛り上がる

中川:沖縄の基地問題は?

村本:沖縄だけに押し付ける

中川:楽しいことは?

村本:日本全体のことにして

中川:面倒臭いことは?

村本:見て見ぬ振りをする

中川:在日米軍に払っている金額は?

村本:9465億円

中川:そういう予算をなんていう?

村本:思いやり予算

中川:アメリカに思いやりを持つ前に?

村本:沖縄に思いやりを持て!

中川:現在熊本の仮設住宅に住んでる人の数は?

村本:4万7000人

中川:東北の仮設住宅に住んでる人の数は?

村本:8万2000人

中川:2020年東京で何がある?

村本:東京オリンピック

中川:何ができる?

村本:新国立競技場

中川:いくらかかる?

村本:1500億円

中川:国民はオリンピックが見たいんじゃなくて?

村本:自分の家で安心してオリンピックが見たいだけ

中川:だから豪華な競技場を建てる前に?

村本:被災地に家を建てろ!

中川:現在アメリカと一番仲がいい国は?

村本:日本

中川:その仲がいい国は何をしてくれる?

村本:たくさんミサイルを買ってくれる

中川:あとは?

村本:たくさん戦闘機を買ってくれる

中川:あとは?

村本:たくさん軍艦を買ってくれる

中川:それは仲がいい国ではなくて?

村本:都合のいい国

中川:現在日本が抱えている問題は?

村本:被災地の復興問題

中川:あとは?

村本:原発問題

中川:あとは?

村本:沖縄の基地問題

中川:あとは?

村本:北朝鮮のミサイル問題

中川:でも結局ニュースになってるのは?

村本:議員の暴言

中川:あとは?

村本:議員の不倫

中川:あとは?

村本:芸能人の不倫

中川:それは本当に大事なニュースか?

村本:いや表面的な問題

中川:でもなんでそれがニュースになる?

村本:視聴率が取れるから

中川:なぜ数字が取れる?

村本:それを見たい人がたくさんいるから

中川:だから本当に危機を感じなければならないのは?
村本:被災地の問題よりも原発問題よりも
 基地の問題よりも
北朝鮮問題よりも国民の意識の低さだ!

そして村本大輔さんの12/31の00:13のツイートがこれであった。ご覧あれ。
年末年始のネタ番組まったく呼ばれてない。あそこまでバズったネタなのに。話題にしてるのは忖度しない新聞社、SNS、他局のモーニングショーのみ。あとはスルー。あの程度のネタすら出来ないのが地上波ということを今回、可視化した。これがおれがやりたかったもうひとつの目的。

さて、ここで2018年という年について触れておく。2018年に大きな国政選挙はない。これはすなわち、現政府が躊躇なく政策を実行できることを意味する。はてさて2018年はどんな年になるのか。いや、正しくは、どんな年にするのか、である。

※引用データ:<書き起こし・映像リンクあり>ウーマンラッシュアワー、
基地問題から原発・武器輸出・メディアの問題まで爆笑コントで伝える天才ぶり
2017年12月18日 citizenopinion
posted by Lily at 20:36 | 政治と憲法
2017年12月24日

147.明仁天皇15歳の誕生日

昨日の2017年12月23日、天皇陛下は84歳のお誕生日を迎えられました。天皇誕生日ときいて思い起こさずにはいられないのは陛下の15歳のお誕生日。15といえば中学の3年生ですが、この15の誕生日以来、陛下が穏やかなお気持ちでお誕生日を過ごされたことはただの一度もない。私もそう拝察する国民のひとりです。以下、矢部宏治さんの『戦争をしない国』から。

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A級戦犯への判決は、昭和23年(1948年)11月12日に言い渡されています。その時絞首刑を宣告された7人が、実際に処刑されたのは翌月の12月23日。その日は明仁皇太子の15歳の誕生日だったのです。もちろん、それは偶然ではありません。なぜなら裁判の始まり、つまり東京裁判でA級戦犯たちが起訴されたのは、その2年8ヶ月前の昭和21年(1946年)4月29日、昭和天皇の誕生日だったからです。そこには、明らかに占領軍のメッセージが込められていました。

「この裁判と処刑が何を意味するか、天皇とその後継者である皇太子は、絶対に忘れてはならない」

7人が処刑された1948年には、すでにドイツをはじめ、イタリア、ハンガリー、ブルガリア、ルーマニアなどヨーロッパの敗戦国(枢軸国)の王室はすべて廃止されていました。

日本にだけ王室が残されたことの意味を、自分はどう考えればよいのか。

おそらく明仁天皇は、その後、自分の誕生日を爽やかな気持ちで迎えられたことは一度もなかったでしょう . . . .

(『戦争をしない国』p.17)
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※引用参考データ:
矢部宏治、須田 慎太郎『戦争をしない国 明仁天皇のメッセージ』(2015)小学館

posted by Lily at 16:33 | 政治と憲法
2017年12月17日

146.サーロー節子さんの演説

「幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていました。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました」。

これはサーロー節子さん(85)が広島原爆投下に遭った時の光景です。今年のノーベル平和賞を受賞したのは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))。その受賞式で被曝者サーロー節子さんが演説をされました。上記はその一部です。以下全文を転載します。

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両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の高名なメンバーの皆さま。ここにいる、そして世界中にいる運動家の仲間たち。淑女、紳士の皆さま。ICANの運動を形づくる傑出した全ての人々に成り代わってベアトリス(・フィン事務局長)と共にこの賞を受け取ることは大変な栄誉です。私たちは核兵器の時代を終わらせることができる、終わらせるのだという、かくも大きな希望を皆さま一人一人が私に与えてくれます。

▼座視しない
被爆者は、奇跡のような偶然によって広島と長崎の原爆を生き延びました。私は被爆者の一人としてお話しします。七十年以上にわたって私たちは核兵器の廃絶に取り組んできました。

私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の人々と連帯してきました。(核実験が行われた)ムルロア、エケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々。土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊された人々と連帯してきました。

私たちは犠牲者であることに甘んじることはありませんでした。灼熱(しゃくねつ)の終末を即座に迎えることや、世界がゆっくりと汚染されていくことに対し、手をこまねいていることは拒否しました。いわゆる大国が、無謀にも私たちを核のたそがれから核の闇夜の間際へと送り込むことを、恐怖の中で座視することは拒否しました。私たちは立ち上がりました。生き延びた体験を分かち合いました。人類と核兵器は共存できないのだと声にしました。

▼叫び声聞こえた
きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう。

米国が最初の原爆を私が住んでいた都市、広島に投下した時、私はまだ十三歳でした。私は今もあの朝を鮮明に覚えています。八時十五分、窓からの青みを帯びた白い閃光(せんこう)に目がくらみました。体が宙に浮かぶ感覚を覚えています。

静かな闇の中で意識を取り戻すと、倒壊した建物の中で身動きできないことに気付きました。級友たちの弱々しい叫び声が聞こえてきました。「お母さん、助けて。神さま、助けて」

そして突然、私の左肩に手が触れるのを感じました。「諦めるな。頑張れ。助けてやる。あの隙間から光が差すのが見えるか。あそこまでできるだけ速くはっていくんだ」。誰かがこう言うのが聞こえました。はい出ると、倒壊した建物には火が付いていました。あの建物にいた級友のほとんどは生きたまま焼かれ、死にました。そこら中が途方もなく完全に破壊されているのを目にしました。

幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎていきました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけどを負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていました。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がっている人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていました。

このようにして、私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅したのです。住民のほとんどは非戦闘員でした。彼らは燃やされ、焼き尽くされ、炭になりました。その中には私の家族と三百五十一人の級友が含まれています。

▼愚行を許さない
その後の数週間、数カ月間、数年間にわたって、放射線の後遺症により予測もつかないような不可解な形で何千もの人々が亡くなりました。今日に至ってもなお、放射線は人々の命を奪っています。

広島を思い出すとき、最初に目に浮かぶのは四歳だった私のおい、英治の姿です。小さな体は溶けて、肉の塊に変わり、見分けがつかないほどでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲しいと言い続けました。

今この瞬間も、世界中で罪のない子どもたちが核兵器の脅威にさらされています。おいは私にとって、こうした世界の子どもたちを代表する存在となりました。核兵器はいつどんなときも、私たちが愛する全ての人々、いとおしく思う全てを危険にさらしています。私たちはこの愚行をこれ以上許してはなりません。

苦しみと生き延びるためのいちずな闘いを通じて、そして廃虚から復興するための苦闘を通じて私たち被爆者は確信に至りました。破局をもたらすこうした兵器について、私たちは世界に警告しなければならないのです。繰り返し私たちは証言してきました。

しかし、広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なすことをなお拒絶する人たちもいたのです。「正義の戦争」を終わらせた「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。こうした作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍拡競争は続いています。

今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美しい世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです。

▼終わりの始まり
今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成した時、私は喜びでいっぱいになりました。私はかつて人類の最悪な側面を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。

責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。「抑止力」とは、軍縮を抑止するものなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ雲の下で暮らすことはありません。

核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。

世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。

▼光に向かって
私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。いま私たちにとって、核禁止条約が光です。この会場にいる皆さんに、世界中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛けの言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向かってはっていくんだ」

今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖という暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私たちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。この光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱であり、誓いなのです。 
※(オスロ・共同)=ノーベル財団公表の公式テキストによる
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サーロー節子さんはおっしゃいます。
「核兵器は必要悪ではなく、絶対悪。禁止条約採択を核兵器の終わりの始まりにしよう」。


※引用参考データ:2017/12/10毎日新聞、12/11東京新聞夕刊

 
posted by Lily at 19:29 | 政治と憲法
2017年12月10日

145.開戦76年:問い直す戦争

真珠湾攻撃から76年にあたる2017年12月08日。この日の東京新聞社説で先の戦争をふりかえっています。タイトルは、〈日米開戦から76年 問い直す「なぜ戦争を」〉。以下あらましです。

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なんであんな戦争してしまったのか。日本の開戦は不意打ちで、通告文書がワシントンの日本大使館から届けられる前に攻撃が始まった。事情がどうあれこれは事実。考えてみれば、1941年当時の日本とアメリカとの国力の差は歴然で、国民総生産で12倍、石油保有量は700倍以上も差があった。なのになぜ日本はあんな戦争をしかけてしまったのか。要因はひとつではなく、例えば:

・「幻想」
国力差が10倍もあるロシアを破った栄光が幻影となっていた。

・「復讐」
<嘗(かつ)てペルリによって武力的に開国を迫られた我が国の、これこそ最初にして最大の苛烈極まる返答であり、復讐だったのである。維新以来我ら祖先の抱いた無念の思いを、一挙にして晴すべきときが来たのである>(評論家・亀井勝一郎)

・「雪辱」
米国と江戸幕府は日米和親条約や日米修好通商条約を結んだが、不平等条約であり、明治期は条約改正に苦しんだ。真珠湾で開国からの屈辱を晴らした−。明治人にはそんな思いがよぎったのだろう。

・「孤立化」
1928年のパリ不戦条約のわずか3年後に日本は満州事変を起こし、傀儡(かいらい)国家・満州国をつくり、日本は国際連盟を脱退せざるを得なくなり、1937年には日中戦争を始め、同年12月に南京事件を起こしている。
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社説はこう結ばれています。「世界から孤立し侵略戦争を進めたことこそ、日米開戦に至る遠因だったろう。そして惨めな敗戦に至った原因でもある。今、負の歴史を隠す風潮がある。歴史には正直者でなければならぬ。」

「歴史には正直者でなければならぬ」。そうですよね。そうあるべきです。負の歴史を正視し、同じ過ちを繰り返さないよう生きるのが、後世としての責任であり、誠実な生き方でありましょう。

さて、同じ12/8(日本時間)。今年のノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロさん(63)が、ストックホルムでお話されました。その中で、現在の世界情勢について、ヨーロッパやアメリカでグローバル化の反動と見られるポピュリズムが台頭していると懸念を示し、文学者としての決意を表明されています。以下、抜粋です。ご参考まで。

・「指導者が時代から取り残されてしまった人々をいわば利用する形で支持を集めようとしている。これは第2次世界大戦前の1930年代にも使われた手法で、非常に危険だ」

・「プロパガンダは過去の時代にもあった。しかし、現在、事実だろうと、うそだろうと、自分の感情に沿うのであれば気にしないという風潮が広まっていることが気がかりだ」

・「危険なほどに分断が増大する時代に、良い作品を書き、読むことで壁を打破できる」「文学者としてできる全力を尽くす」

・「ノーベル賞は新しい発見を人類のためにどのように使っていくのか問いかけている。人間の思いや感情を伝える文学を通じて、分断の時代に築かれた壁を乗り越えることに貢献したい」

※引用参考データ:2017/12/08NHKニュース、産経ニュース、朝日新聞、
2017/12/08東京新聞社説〈日米開戦から76年 問い直す「なぜ戦争を」〉
posted by Lily at 18:03 | 政治と憲法
2017年12月03日

144.国民投票にあたり国民がなすべきこと

一説によれば、憲法改定の国民投票に際しては改憲派がだんせん有利だといいます。その理由は資金力。つまりお金のある方が有利だというのですね。以下をご覧ください。

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国民投票の帰趨を左右するのは広告宣伝、ここで改憲派は圧倒的に有利な状況にある。投票運動期間中のメディア規制がほとんどないのをいいことに、豊富な資金力をもとに巨大広告代理店=電通が一手に作成するテレビCM大量投入できるのだ。国の将来を決める局面で、国民は、果たして公正な判断ができるのか?
(本間龍『メディアに操作される憲法改正国民投票』)
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なるほど、一理ありますね。国民投票の前にどっと流れるCMに知らず知らず「洗脳」されてく可能性。大いにあると思います。

ではもう勝負が決まったのか? というと、それもまた違う。国民おのおのが正確な知識を持ち、ぶれない意見を持っていれば、どんな「俗説」にさらされようと常に自分の頭で考えることができるはず。だから「議論もどき」に惑わされない力を持っていたいものです。最終的な選択が「護憲」であれ「改憲」であれ、その選択はCMが流れたから云々ではなく、国民が自分の頭で考え、導き出した選択であるべきです。

憲法改定に際し、メディアが情報提供という責任ある役割を果たすことになるのは言うまでもありません。でも、もしもメディアがその役割をちゃんと果たしていないとしたら、メディアをリードしていくのもまた国民の役割でありましょう。以下に憲法学者・木村草太さんの言を引きます。

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憲法改正と一口にいっても、様々なテーマがある。それらを一括りにしてしまうのは、日本のメディアの悪癖である。

放送時間や紙幅の制限があるのは十分にわかる。しかしながら、巷に流布する俗説に基づいて、「改憲に賛成ですか」、「自衛隊は違憲だと思いますか」などと聞いても、あまり意味のある議論にはならない。国民とって意義のある議論にするためには、憲法改正については、正確な知識に基づき、きちんとテーマを分けて議論すべきだ。

「改憲勢力の議席」に関する報道も、「教育無償化改憲賛成派の議席」、「憲法9条改正賛成派の議席」、「解散権制限改憲賛成派の議席」などといった形で記述してくれないと、今何が起きているのか、正しく国民に伝わらない。

メディアがなかなか変われないのであれば、むしろ国民の側が、「そんな報道では意味がない」とメディアをリードするしかないのだろう。国民が変わればメディアも変わらざるを得ないのだから。

そういう意味では、文字数の制約があまりないネットメディアや書籍に期待している。もちろん、こうしたメディアには、厳しい事前セレクトがかからないことにより、「玉石混交」という難点がある。つまり、読む側に「良い情報」と「悪い情報」を見分ける力が必要とされる。

国民の皆さんには、しっかりと情報の真偽を見極めたうえで、テレビや新聞以外の情報にも十分に触れていってほしい。
(木村草太「いまさら聞けない『憲法9条と自衛隊』」)
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そうですね。木村草太さんのおっしゃる通りです。憲法改定国民投票にあたり私たちがなすべきことは「しっかりと情報の真偽を見極めたうえで、テレビや新聞以外の情報にも十分に触れていくこと」。賛成にせよ反対にせよ、未来に責任ある投票をするために、積極的に情報収集に励もうと思います。


※引用参考データ:
本間龍『メディアに操作される憲法改正国民投票』(2017)岩波書店、
2016/07/02 木村草太:いまさら聞けない「憲法9条と自衛隊」〜本当に「憲法改正」は必要なのか?
posted by Lily at 17:40 | 政治と憲法