2017年01月29日

100.太平洋戦争へ(9)

例えばバンザイクリフで万歳をしたり
ピースサインをしたりして
写真を撮る人たちがいます。でも、
ここで起こった悲惨な出来事を知っていたら
彼らは同じことをするでしょうか?
「正しい歴史認識」なくしては
歴史から学ぶことはできません。
ご参考までに書き添えますと、
バンザイクリフに関しては、
元陸軍大尉・田中徳祐という方の著者、
『我ら降伏せず サイパン玉砕の狂気と真実』
が有名です。
では先に参りましよう。

その後、
「台湾沖にいた米空母機動部隊を全滅させた」
という海軍のウソの報告を信じた大本営は、
無謀なレイテ戦に突入しますが相次いで敗退。
米軍は、大砲も戦車も自動小銃も
豊富に備えていましたが、
日本軍には戦車も少なく、
度重なる特攻によって飛行機も使い果たし、
小銃と手榴弾のみでしたから
かなうわけがありませんでした。
この戦いでの日本軍の戦死者は21万8,000人。
そして1945年3月、
米軍はいよいよ硫黄島にやってきます。
硫黄島はサイパンと東京の中間地点にあり、
米軍にとって、占領すれば日本への空襲がしやすい、
という場所でした。
日本は最初から既に玉砕覚悟で、戦う目的は、
できるだけ戦って時間をかせぎ、
本土決戦の準備を助けるためでした。

※引用参考データ:2015/6/3産経ニュース
「集団自決跡地で不謹慎な振る舞い…
バンザイクリフで万歳するか?」、
『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎
posted by Lily at 16:48 | 政治と憲法
2017年01月22日

99.太平洋戦争へ(8)

「玉砕(ぎょくさい)」という言葉があります。
「玉が美しく砕けるように潔く死ぬことは美しい」
とこのように死を美化するこの言葉の始まりは
1943年5月30日、アッツ島の戦いでした。
日本軍守備隊が全滅したことを
大本営が発表する際に「玉砕」という言葉が使われ、
部隊が全滅する度に用いられるようになったそうです。
(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説)

「ダンピール海峡の悲劇」の後、日本軍は北方作戦で
アリューシャン列島のアッツ島を占領。
米軍はこれに反撃をします。
この時に日本の兵力は底をついていて、
大本営は増援を送るのを断念、
その代わりにアッツ島にいた兵士たちに
「玉砕せよ」との命令を出します。
アッツ守備隊は文字通り玉砕、つまり全滅します。
タワラ島、マキン島玉砕、マリアナ沖海戦敗退。
米軍は圧倒的兵力でサイパンに上陸し、
大本営はサイパンを放棄したのですが
現地の日本軍はそのことを知らず、
最後の総攻撃「バンザイ突撃」を敢行します。
しかし米軍に大した被害を与えることなく
日本軍は壊滅。
残された邦人は海の崖から
「万歳」を叫びながら身を投げました。
この場所がかの有名な「バンザイクリフ」です。

※引用参考データ:『爆笑問題の戦争論』幻冬舎、
『ブリタニカ国際大百科事典』
posted by Lily at 18:59 | 政治と憲法
2017年01月15日

98.太平洋戦争へ(7)

「そんな歴史観は自虐的に過ぎる」。
「そんなのは誇張された歴史だ」。
わが国の過去の負の部分を振り返ろうとする時に
決まって出てくる「意見」です。
でも、いまだに根強い反日運動があるのも事実。
事実を追求するために、あれこれ踏まえながら
引き続き先の戦争を振り返りましょう。

「アジアの人々を苦しめた」といわれる日本ですが、
自国の兵士さえも最終的には追いつめていくことに。
ミッドウェー海戦で負ける前から
日本の暗号はアメリカに筒抜けでしたから、
その時既に日本には勝ち目はありませんでした。
にもかかわらず大本営は
前線の兵士に戦闘命令を出し続けます。
日本海軍はガダルカナル島へ上陸。
このときの米軍の数は1万7,000名。
日本軍は約2,800名。
かなうわけがありません。

ガダルカナル島奪回を誓った日本はその後、
一木支隊約900名を派遣しますが、一瞬で壊滅。
第一次・第二次ソロモン海戦では多くの空母、戦闘機を失い、
それでもまだあきらめない。
ラバウルから川口支隊、ジャワから第二師団が
上陸しますが集中砲撃を受け、
その上食料不足による餓死者が続出して全滅。
第三八師団を投入した第三次ソロモン海戦では
甚大な損害を受け、
ようやく大本営はガダルカナル島放棄、
撤退を決定します。

巻き返しを図る大本営は、
東部ニューギニアへ兵力増強のため
ラバウルから船団を送りますが、
この輸送作戦も米軍に暗号解読されており、
船団がダンピール海峡に差しかかったところで
大規模な航空攻撃によって全滅。
これが「ダンピール海峡の悲劇」です。

※引用参考データ:『爆笑問題の戦争論』幻冬舎、『大辞林』
posted by Lily at 20:59 | 政治と憲法
2017年01月08日

97.太平洋戦争へ(6)

「三光作戦」。日本人でこれを知っている人が
どのくらいいるでしょうか。
『大辞林』にはこうあります:

日中戦争下、日本軍が行った
残虐で非道な戦術に対する中国側の呼称。
三光とは、
焼光(焼き尽くす)
殺光(殺し尽くす)
搶光(ソウコウ)(奪い尽くす)。

こうした旧日本軍が行った残虐行為については、
誇張された話だとする向きもあります。
だからそれはそれでその可能性を踏まえながら、
私たち日本人は、わが国が、こと他国との関係において
どんな過去をもつのかを把握しておくことが
国際人として必要不可欠だと思うのです。
これより先は『爆笑問題の戦争論』から。

中国に対しても日本は虐殺を行いました。
日本軍の重慶爆撃による死者は1万2000人。
そのほとんどは一般住民でした。
また中国ゲリラ地区の村を
「敵性を有する」として皆殺しにしました。
これが「三光作戦」です。
朝鮮、台湾に対しては「皇民化政策」が行われました。
これは、その民族の言葉を取り上げ、日本語を強制し、
背いた者は暴力によって虐待されました。

戦闘末期、国内の徴兵が限界に達すると、
朝鮮兵、台湾兵は
日本兵の弾よけとして戦場に投入されました。
また創氏改名といって、民族の名前を取り上げられ
日本名を名乗らされもしました。
これは国内の外国人に対しても行われ、
当時巨人のエースだった「スタルヒン」は
「須田博」と改名させられました。
これらの、アジアの国々で日本軍が行った行為が
「大東亜共栄圏」という思想の実態でした。

※引用参考データ:『爆笑問題の戦争論』幻冬舎、『大辞林』
posted by Lily at 11:13 | 政治と憲法
2017年01月01日

96.「戦争をしない国」の国民として

今、私たちの平和国家日本は
「平和憲法に指1本ふれぬまま、
平和憲法を完全に葬ろうとしている」。
憲法についてなにひとつ議論しないまま、
「戦争ができる国」になろうとしている。
そう矢部宏治さんは言われます。

日本が「戦争をしない国」であることは、
私たち平和国家の国民の誇りです。
この誇りを失わずにいようとするならば、
そして子孫の代まで伝承しようとするならば、
やるべきことがあると思う。
各々にできる、それほど難しくないことは
いくらでもあると思います。
要はやるかやらないか。
平和に本気なら、本気なりの姿勢を示したい。

憲法学者青井未帆さんが言われるように、
平和憲法があるからといって
自動的に平和でいられるわけではありません。
日本の平和を子孫の代まで望む人間として、
憲法12条の「不断の努力」を怠らずにいようと思います。

2017年1月1日

※引用参考データ:
青井未帆著『憲法と政治』岩波新書
矢部宏治著『戦争をしない国 明仁天皇メッセージ』 小学館
posted by Lily at 19:58 | 政治と憲法