2016年09月25日

82.南京事件

南京事件、いわゆる「南京大虐殺」とは、
「日本軍が中国軍の捕虜、敗残兵および
一般市民に対して行った虐殺事件」です。
この「南京事件」には諸説あり、また
著書も数多く出ております。
「南京大虐殺」は『大辞林(第三版)』によれば、

1937年12月から翌年1月にかけて,
南京を占領した日本軍が
中国人に対して行なった、
大規模な暴行略奪虐殺事件。

「1937年12月から翌年1月にかけて」
とあるように、
南京事件は、一度きりではなく
複数回に渡り起こった「事件」です。

被虐殺者の数については、
さまざまな説がありますね。
中国政府の発表では43万人、
日本国内では
十数万から20万人説、
4〜5万人説、
1万人前後とする説、はては
事件そのものの虚構説まで。

※参考データ:『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎、
南京事件−日中戦争 小さな資料集
(ゆうのページ yu's page)

posted by Lily at 14:28 | 政治と憲法
2016年09月18日

81.日中戦争へ

盧溝橋事件という小さな衝突がきっかで
日本は日中戦争に突入していったんですね。
当時の日本では
戦闘不拡大を主張する石原莞爾(かんじ)と、
この機会に華北を治めようとする東条英機が
対立していました。
結局、東条英機の主張が勝ち、
陸軍は「在日日本人の保護」という名目で
華北への派兵を決定し、
近衛文麿(このえふみまろ)内閣も
これを承認します。
現地では、停戦協定が成立していて
日本軍の盧溝橋からの撤退が
決定していたのに、です。
こうして日中全面戦争へと向かっていったのですが、
近衛内閣は英米との対立を恐れ
「北支事変」と命名していました。
(事変というのは、戦争まではいかない、
小さなレベルの争いですね)。
その後、日本は南京への爆撃を開始し、
「北支事変」は「支那事変」と改称されます。
この時、南京で起きたのが「南京事件」。
いわゆる「南京大虐殺」ですが、
これには諸説ありますね。

※引用データ:『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法
2016年09月11日

80.盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)概説

盧溝橋事件とは
1937年(昭和12)7月7日夜に始まる
盧溝橋一帯での日中両軍の軍事衝突で、
日中全面戦争の発端となった事件で
中国では、「七・七事変」ともいいます。
(『日本大百科全書』より)。

1937(昭和12)年7月7日夜、
北平(現在の北京)の盧溝橋の北で
夜間演習をしていた日本軍中隊長が、
10時半頃に数発の実弾射撃の音を聞き、
さらに日本兵1名行方不明だったことから
(その兵は20分後に帰隊しますが、
この点は北平の連隊本部に
ただちには伝えられませんでした)
それを中国軍によるものとして
陳謝を要求。
それから戦闘態勢に入り、
翌夜明けに攻撃を開始。
7月11日には停戦協定が成立するも、
日本政府は
中国側の計画的武力抗日行為だとして、
華北派兵を決定。
それが中国側の反発を招き、
中国軍も部隊を華北に移動させます。
一触即発の状況の中、
28日に華北の日本軍が総攻撃を開始。
日中全面戦争が始まったのです。

※参考データ:『日本大百科全書』、
『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎
posted by Lily at 18:09 | 政治と憲法
2016年09月04日

79.盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)

盧溝橋事件。七・七事変ともいいます。
日中戦争の発端となった事件です。
1939年7月7日夜に起こった小さな衝突が
日中戦争へと発展していったのです。
以下、『爆笑問題の戦争論』より。

少々さかのぼりますが
1933年(昭和8年)に国際連盟を脱退した日本は
満州国を「誰に気兼ねすることもなく」支配し、
さらに中国華北地方への侵略を狙っていきました。
これに対し、中国は内戦を中止し、
「統一戦線」の結成へと動きます。
この「抗日民族統一戦線」により、
日本軍は中国民族全体を
敵に回すことになりました。
日本の姿勢が中国との全面対決に向かう中で、
盧溝橋事件は起こります。

1937年7月7日の夜のこと。
北京郊外の盧溝橋で
数発の銃声が響き渡りました。
その時、盧溝橋の北側では、
日本軍の部隊が夜間演習をしていました。
そしてその近くには中国軍が駐屯していました。
部隊で点呼を取ると、日本兵がひとりいません。
日本軍は銃声を中国軍のしわざとみて陳謝を要求。
そして翌日の夜明けに攻撃を開始します。
ここで12人の戦死者が出ています。
しかし、行方不明とみられていた日本兵はなんと、
後になって戻ってきました。
実は道に迷っていただけだった . . . 。

この時の銃声がいったい何だったのか、
それは今でも謎のまま。

※引用参考データ:『爆笑問題の戦争論』(2006)幻冬舎
posted by Lily at 10:57 | 政治と憲法