2018年10月14日

189.朝鮮戦争と「警察予備隊」

自衛隊の前身は「警察予備隊」であるが、「警察」とつくからには、おまわりさんの集団といったイメージをいだく向きもあろうかと思う。しかしその実態は事実上の軍隊であり、その背景には当時の米軍の「日本の再軍備」という暗黙の計画があったのだ。「朝鮮戦争は、米軍が日本軍を復活させ、その指揮権を握って海外の戦場で使うという軍部の計画を実行するための、大きなきっかけとなった」という。以下、末浪靖司さんの『「日米指揮権密約」の研究』より。
 
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朝鮮戦争の開戦を受けて、マッカーサーは吉田首相に警察予備隊の創設を命じ、はっきり再軍備へと方針転換しました。
 
マッカーサーが吉田内閣に警察予備隊をつくらせたのは、米軍基地を守らせるためでした。朝鮮戦争が始まると、日本を占領していた米軍は、ほとんど朝鮮半島に出動することになりました。そのため、アメリカは急遽、日本に「警察予備隊」という名の、実態は武装した軍隊をつくらせて、再軍備をスタートさせることになったのです。しかし、それはあくまで「警察力の延長」であるという建前が政府によってとられていたため、完全な憲法違反がおこなわれつつあることは、国民の目からは隠されたままでした。

マッカーサーが警察予備隊を創設した目的は、米軍が朝鮮半島に出動したあとの日本国内の治安を維持するためとされていましたが、実際は米軍がいなくなったあとの横須賀、横田、佐世保などの重要な米軍基地に日本人を配備し、それらの基地を守らせるためでした。

また、旧日本軍がすでに解体されたなかで、周辺海域に残る大量の機雷を掃海するために維持されていた海上保安庁の掃海部隊は、このとき米軍の命令を受け、朝鮮海域に出動し、機雷に接触し、死者まで出しています。

朝鮮戦争は、米軍が「日本軍」を復活させ、その指揮権を握って海外の戦場で使うという軍部の計画を実行するための、大きなきっかけとなりました。

[末浪靖司著『「日米指揮権密約」の研究』(2017)創元社pp.97-100]

 
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2018年10月07日

188.日米関係さもあらん(7)〜孫崎享の『戦後史の正体』より〜

自衛隊の結成はアメリカ軍部の事情による。自衛隊の前身は「警察予備隊」であるが、この警察予備隊は1950年の朝鮮戦争勃発直後に結成されている。結成を求めたのはマッカーサーではなく、当時のアメリカ軍部とトルーマン大統領である。マッカーサーは再軍備に反対していたのだ。結局、マッカーサーがアメリカ軍部側に負ける形で、75000人規模の警察予備隊つまり今の自衛隊のもとになる部隊が結成された。完全にアメリカ軍側の都合である。日本から朝鮮戦争へ出動した米軍兵の数が75000人。これが何を意味するか、明々白々であろう。

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52. 朝鮮戦争の勃発で、米国の対日政策は根本から変わりました。日本の経済を自立させなければならない。軍隊も、もたせなければならない。そのためには経済面でも軍事面でも、優秀な人間が必要だ。追放されている人びとを日本社会に復帰させなければならない・・・。こうして米国の対日政策は180度転換することになったのです。国際情勢が変われば、米国の対日政策も劇的に変わるのです。

53. 朝鮮戦争で日本経済が立ち直りました。日本は第二次世界大戦によって経済的な打撃をうけました。とくに食糧事情が深刻でした。こうしたなか、朝鮮戦争が起こりました。米軍は戦争に必要な膨大な物資とサービスを日本で調達するようになります。これを朝鮮特需とよんでいます。こうした朝鮮特需のおかげで、1950年10月、日本の鉱工業生産は戦前を上まわるようになります。戦争が起こることによって大きな利益を得る層もあるのです。

54. 冷戦の高まりのなか、マッカーサーは日本の再軍備に反対します。マッカーサーは日本の占領は早く終わらせるべきであると考えていました。また日本の再軍備には反対の立場をとっています。占領軍の当初の目的(非軍事化)は終了しました。しかし冷戦の勃発により、将棋のコマとしての日本に新たな役割が生まれました。第一は重要性を増した在日米軍基地を今後も維持しつづけること。第二は再軍備をして米国の世界戦略の一翼をになうことです。第一の問題は米軍が占領を延長すれがいいだけの話です。なにも日本と協議する必要はありません。日本と協議する必要があるのは二番目の再軍備の問題です。しかし冷戦が始まったからといって、日本はもちろん、占領軍もすぐに「日本の再軍備」に賛成できたでしょうか。そもそも占領軍の一番の目標は、なんだったでしょう。それは日本の非軍事化です。マッカーサーはそれをもっとも重視していました。そのマッカーサーが再軍備に賛成するはずがありません。ここから日本をめぐり、なんとか再軍備させようとするトルーマン大統領および軍部と、マッカーサーとの戦いが始まります。

55. 米軍部は日本の再軍備をあきらめることはなく、1947年3月1日には「日本防衛における米国の負担を減らす観点から、日本軍の創設は望ましい」(「統合参謀本部覚書」)という結論に達します。そして1950年6月、朝鮮戦争が起こりました。これで「トルーマン大統領+軍部」対「マッカーサー」の戦いに決着がつきます。共産主義の脅威が日本のすぐとなりの朝鮮半島で、侵略という形で起こりました。だれもが日本の軍事力強化の方向に向かったのは自然な流れでした。1950年7月8日(朝鮮戦争発生後13日目)、マッカーサーは吉田首相に次のような書簡を送っています。「日本政府に、政府直属の国家警察予備隊7万5千人と海上保安庁要員8千人の増加の権限をあたえる」。この「国家警察予備隊」という組織がのちの自衛隊です。日本の再軍備にずっと反対してきたマッカーサーが、ついにここで間接的な言い方ながら、再軍備を許可したのです7万5千人という数は、日本から朝鮮戦争へ出動した米軍の数とほぼ同じでした。
posted by Lily at 16:02 | 政治と憲法
2018年09月30日

187.日米関係さもあらん(6)〜孫崎享の『戦後史の正体』より〜

47. 冷戦がはじまると、米国は日本をソ連からの防波堤に使おうとしました。米国の占領初期の政策で一番重要なことは、「日本がふたたび米国の脅威にならないことを確実にする」ことでした。米国は終戦直後、日本に太比して非常にきびしい経済制裁を加えました。日本がふたたび軍事大国にならないように、です。しかし、の「日本経済を低水準にとどめておく」という政策は、1948年に変更されます。それはなにも日本の政治家が米国を説得したからではありません。米国人が急に人道主義にめざめたわけでもありません。米国の世界戦略にこのとき大変化が起きていたのです。つまり、「東アジアでは将来、ソ連とのあいだで戦争が起こるかもしれない。そのときには日本の経済を、少なくとも自給自足できるレベルにまで引きあげておく必要がある」ということです。冷戦下のソ連との戦いのなかで、日本を防波堤として使うという考えが出てきたのです。「米国はその世界戦略のなかで、各国をどのように使うかをつねに考えています。米国の世界戦略が変われば、将棋のコマである日本の役割も大きく変わります」.まさにその通りのことが1948年に起こったのです。米国にとってもっとも重要な世界戦略の目的が、それまでの「日本とドイツを二度と立ち上がれないようにすること」から「ソ連に対抗すること」に変化します。そうなると、将棋のコマとしての日本のあつかいも変わってくるのです。

48. 冷戦とはいったいなんだったのか、そのなかで日本にどういう役割が期待されたかについて、考えてみる必要があります。冷戦の始まりをうけて米国では、国防省長官や元大統領といった人びとが、いっせいに共産主義の脅威に対抗するため、日本の工業力を利用すべきだという方針を打ちだします。占領当初の米国の対日政策は、
「軍事は解体」「経済も解体」「民主化は促進」というものでした。しかし「ソ連への対抗上、日本の経済力・工業力を利用すること」が米国にとっての国益だと判断すると、一気に戦略を一八〇度転換させたのです。そして戦略が変更すると、対日政策も大きく変わります。しかしこの米国本国の急激な路線転換は、それまで日本に君臨してきたマッカーサーの占領政策を完全に否定するものでした。当然、マッカーサーとトルーマン大統領および国防省との対立がはじまります。結局、朝鮮戦争をめぐってその対立は激化し、マッカーサーは解任されることになるのです。

49. 米国が「ソ連への対抗上、日本の経済力・工業力を利用する」方針へ転換したことは、日本の占領政策を大きく変える結果となりました。政策だけでなく、人のあつかいも変わります。戦犯に問われた人も、ソ連との対抗上、必要とされるようになります。戦犯が釈放され、政界に復帰する動きがつづきます。つづいて朝鮮戦争が起こり、米国の対日政策の変化が確定します。米国は日本に経済力をつけさせ、その軍事力も利用しようと考えるようになりました。

50. マッカーサーは連合国最高司令官として日本に君臨しました。彼は日本の軍事力を解体することを目標としていたので、当初、日本の軍事力の復活はまったく考えていませんでした。

51. 冷戦がなければ、そして朝鮮戦争が起きなければ、米軍はかなり早い段階で日本から撤退していたはずだったのです。占領初期の政策は「日本が二度と米国の脅威にならないようにする」、そして「懲罰的な態度でのぞむ」ということでした。しかし冷戦が始まった結果、日本に期待されることは「経済的・政治的安定と軍事能力を強化し、米国の安全保障に貢献する」こととなったのです。こうして米国の対日政策は一八〇度変わりました。それをさらに決定づけたのが朝鮮戦争だったのです。
posted by Lily at 00:00 | 政治と憲法

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